HODGE'S PARROT

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キージェ中尉は死んだ

HODGE2006-12-01

プロコフィエフの『キージェ中尉』(Lieutenant Kijé、1934)について初めて知ったのは、藤子不二雄のマンガ『エスパー魔美』においてだった。
このマンガには、クラシックマニアの人物(主人公のクラスメートかなんかだから中学生?)が登場し、音楽についての薀蓄を披露するのだが、主人公の超能力者である魔美には煙たがられる存在として描かれている……のを覚えている。というより、子供の頃読んだ『エスパー魔美』の個々のエピソードについては、すっかり忘れている。
にもかかわらず、クラシック音楽マニアの富山高志(今、ウィキペディアで調べた)の言動は、不思議と覚えている──例えば、ヴィヴァルディの『四季』はイ・ムジチもいいけどパイヤール室内管弦楽団の演奏もいいよ、なんていうところ。

……そんなこと自体を思い出しながら、ロリン・マゼール指揮&フランス国立管弦楽団による交響組曲『キージェ中尉』作品60を聴いた。録音は1981年、レーベルはCBSソニー。CDのカップリングは同じプロコフィエフ作曲の「古典交響曲」と『3つのオレンジの恋』。

Prokofiev: Symphony No.1/Oranges/Kije

Prokofiev: Symphony No.1/Oranges/Kije


『キージェ中尉』 は、解説によると、白ロシア国立映画プロダクションの映画のために書かれた音楽だという。つまり共産主義国家ソヴィエトのために作曲された、と同義である。
組曲は、次の五つの音楽から成っている。

  1. キージェの誕生
  2. ロマンス
  3. キージェの結婚
  4. トロイカ
  5. キージェの葬儀


映画のストーリーはというと……帝政ロシアの皇帝が女官の悲鳴によって昼寝の邪魔をされたことに激怒する。「当直責任者は誰だ!」という皇帝の問い詰めに対し、臣下の一人は「ポルーチク・ジェ(……ですが)」と口ごもりながら曖昧に言うが、皇帝はそれを「ポルーチク・キージェ」(キージェ中尉)と聞き間違いをしてしまう。

これが、架空の人物、キージェ中尉の誕生である。

皇帝は職務怠慢の罪でキージェ中尉をシベリア送りにする。が、「最高権力者」であるロシア皇帝は「もしかするとキージェ中尉は暗殺者から自分を救うために女官に悲鳴をあげさせたのかもしれない」と思い込み始める。そう思い込んだら最後、キージェ中尉こそ最高の忠臣だ、ということになってしまう……皇帝の意思は絶対である。

皇帝は、キージェ中尉のために美しい女官を娶らせる。かくして、「実在しない」架空の人物のために、盛大な結婚式が催される。それだけではない。事あるごとに、皇帝は、キージェ中尉に寵愛の意を示す──宮廷は騒動に見舞われる。

困ったのは臣下たちである。存在しない、架空の人物キージェ中尉に翻弄される。

そこで臣下たちは究極の解決策を案じる。それがキージェ中尉の死である──彼が死ねば、すべての難問は解決する。かくして「彼ら」は「彼」を「殺す」。そして臣下たちはキージェ中尉が急死したことを皇帝に報告する。

かくしてキージェ中尉の死を心から悼み、皇帝は、盛大な葬儀を催す。


Lieutenant Kije (Prokofiev) [Wikipedia EN]

Lieutenant Kije (Подпоручик Киже) is a short story by the Soviet author Yury Tynyanov (1894-1943) published in 1927. The plot is a satire on the bureaucracy of Emperor Paul I of Russia. The lieutenant was "born" as a result of the typo in the beginning of a phrase in a military order: "Подпоручики же..." (And the lieutenants...), was married, got a child, made a career, and was buried general.


The story was made into a film, directed by Aleksandr Fajntsimmer, which is now remembered primarily for its music, which was the first instance of Prokofiev's new simplicity.


ジョージ・セル指揮&クリーヴランド管弦楽団のLPレコードの解説には次のようなことが書かれてある。

プロコフィエフにこの映画音楽の作曲を依頼したのは、レニングラードのベルゴスキノ映画の監督A.ファインツィマーであったが、それは「最もモダンな芸術」として映画に興味をもち、同時に社会主義国の建設に邁進していた祖国の新しい芸術理念のもとで創作を行うよう努力していたプロコフィエフにとって、格好の仕事であった。

そしてコルネットが軍隊、テナー・サキソフォンがパロディ、鈴がトナカイの音をあらわし、機知と風刺を繰り広げる。
帝政ロシアは、このように、痛烈に諷刺された。