8つの交響曲や5つの弦楽四重奏曲など「シリアスな」音楽を数多く書いたイギリスの作曲家、ベンジャミン・フランケル(Benjamin Frankel、1906 - 1973)は、『バルジ大作戦』(Battle of the Bulge)*1を始めとする映画音楽の分野でも大活躍をした。
その中でも「ハマーフィルム・プロダクション」(Hammer Film Productions)という、怪奇・ホラー・カルト映画史にその名を轟かす英国の「弱小スタジオ」──cheap to produce but nonetheless appeared lavish──の映画のために作曲した音楽がある。
テレンス・フィッシャー/Terence Fisher 監督、オリヴァー・リード/Oliver Reed 主演の『吸血狼男』(Curse of the Werewolf)がそれだ。
この1959年*2製作のハマー・フィルムのための楽曲をメインにしたCDがナクソスから出た。世界初全曲録音という快挙だ。演奏は、カール・デイヴィス指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団。
実際の映画は観たことがないのだが*3、『吸血狼男』というタイトルだけで、どんな映画なのか想像がつく。そしてそこに付された音楽も……。
そう、素晴らしく「総天然色ホラー」な音楽。バルトークやストラヴィンスキーに新ウィーン楽派をブレンドしたようなサウンドとでも言おうか。「復讐と逃亡」とか「致命的な変身」、「恐怖に慄くレオン」というサブタイトルがそのイメージを喚起するが、音楽はそれを裏切らない。こういう暗いロマンティシズムを帯びた「現代音楽の響き」は大好きだ。
[オリヴァー・リード/Oliver Reed]
1958年叔父キャロルのすすめで俳優に転進。野性的で無愛想な風貌と雰囲気が買われて、怪奇ホラー映画で有名なハマー・フィルムの低予算作品に次々と起用される。1961年主演の『吸血狼男』が好評で一躍注目を浴びる。
以後、ホラー映画のカルトスターとしてキャリアを全うするかと思われたが、激動の60年代の荒波が英国演劇界の異端児である彼を一躍メインストリームに押し上げる。 マイケル・ウィナー監督と組んだ1968年のアクション作品『脱走山脈』がヒット。 奇才ケン・ラッセルにも起用され、1969年『恋する女たち』、1971年『肉体の悪魔』、1975年『Tommy トミー』といった話題作に出演。リチャード・レスター監督の1973年『三銃士』、1974年『四銃士』で演じたアトス役は当たり役となる。
ウィキペディア より
ピーター・グレンヴィル監督の『ザ・プリズナー』(The Prisoner、1955年製作)にしても、「牢獄」、「猫と鼠」、「枢機卿と尋問者」、「マインド・ゲーム」、「市民の不安」、「孤独の監禁」、「闇」……といった「不穏な名前」を持つ音楽の独創的な響きに魅了される。それもそのはず、なんといってもここにはセリー技法が導入されているのだ。解説によれば、『ザ・プリズナー』は、英国で最初にセリアル・テクニックが用いられた映画音楽だという。
映画音楽は、実験的/前衛的手法の宝庫で、その響きは鮮烈だ。
[ベンジャミン・フランケル関連]
ハマー・フィルム怪奇コレクションDVD-BOX ~吸血!モンスター編~
- 発売日: 2002/11/08
- メディア: DVD
ハマーフィルム・ホラー&ファンタスティック映画大全 (映画秘宝COLLECTION)
- 作者:梶原 和男
- メディア: 単行本
Hammer Quartermass Film Collection
- アーティスト:Various Artists
- 発売日: 2002/04/30
- メディア: CD
それと指揮をしているカール・デイヴィス(Carl Davis)であるが、この人も映画やテレビドラマ──とくにBBC関連のやつ──の製作に深く関わりあっている人だ。例えばサイレント映画、とくにチャーリー・チャップリンの映画音楽の「復刻」。作曲では、ケン・ラッセル監督、D.H.ロレンス原作の映画『レインボウ(虹)』、BBC放送のTVドラマ『プライドと偏見』(Pride and Prejudice)など。
また、コルンゴルトの『女王エリザベス (エリザベスとエセックス、The Private Lives Of Elizabeth & Essex)』の完成版をレコーディングしたのもカール・デイヴィスだ。そういえばコルンゴルドは、ウィーンで「シリアスな」音楽を書いた後、ハリウッドで大成功を収めた音楽家であった。
- アーティスト:Chaplin, Charlie
- 発売日: 1999/02/02
- メディア: CD
Charlie Chaplin: The Essential Film Music Collection
- 発売日: 2006/04/18
- メディア: CD
そしてカール・デイヴィスと言えば、ポール・マッカートニー作曲の『リバプール・オラトリオ』(Paul McCartney's Liverpool Oratorio)の初演者としても著名だろう。演奏はもちろんロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団だ。
- アーティスト:ポール・マッカートニー
- 発売日: 2005/03/30
- メディア: DVD
[Carl Davis]
*1:このバルジ大作戦だが、何かホラー映画か小説関係の文献で見かけたことがあるな、とずっと気になっていて、ピアノもろくに弾けなかっ……飯もろくに喉を通らなかった。が、判明した。滝本誠 著『きれいな猟奇 映画のアウトサイド』。ホラーというよりも「パルプな」──そう、クエンティン・タランティーノが絶賛する──作家チャールズ・ウィルフォード関連でだ。
*2:1961年とも