HODGE'S PARROT

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アンリ・プスール『Dichterlibesreigentraum』




NHK音楽祭2006ハイライト』を観ているのだが、Yahoo!テレビの紹介には、

モーツァルト生誕250年の今年は「体感!モーツァルト」をテーマに、モーツァルトを中心としたプログラムで世界の一流指揮者たちによる華麗な競演が繰り広げられた。音楽祭の演奏ハイライトと話題の指揮者たちへのインタビューなど、モーツァルトに沸いた2006年をゲストとともに2回にわたって振り返る。

と、書かれてある。ちぇっ、またシューマン無視かよ! ま、仕方ないか……と思っていたら、ダニエル・ハーディングブラームス交響曲第2番を指揮しているじゃないか!
シューマンを差し置いてブラームスだって? 
というわけで、ブラ2の演奏を聴きながら(だって好きだもん、この曲)、シューマンについてもぜひ書いておきたい。が、ハーディングの指揮がなかなか素晴らしく、耳と脳の一部はそちらに向いているので、以前別のところに書いたものを、ここに転載するに留める(そう、手抜きだ)。


アンリ・プスール/Henri Pousseur (b. 1929): Dichterlibesreigentraum(1993)

Dichterliebesreigentraum

Dichterliebesreigentraum

  • 発売日: 2008/04/25
  • メディア: CD



ピアノの音は……まあ美しく、印象的だ(アリス・アデールだし)。しかし続く木管楽器の音はどうだろう。なんか調子が狂っているような・・・・・・リズムも不規則だし。しかし合唱の響きはもっと変だ。わざと音程は外している感じがする。ソプラノソロは唸りのような叫び声のような声。それに全体的な響きは無調のようでもあるし、調性があるようでもあるし……。

……まあベルクの『ルル』のような路線なのかな……。でも、でもこのメロディーは聴き覚えがある。そう、あれ、あれ、あの超有名な音楽……そうだ! シューマンの『詩人の恋』!!!

まあ、初めからシューマンの楽曲の編曲(もちろん編曲以上)であることは知っていたけど、ここまで換骨奪胎するとは……。ソプラノとバリトンのソロ、ピアノは2台、その他に室内オーケストラと合唱付き。ううむ……これはある意味シューマンの音楽に対する冒涜か、それとも・・・・・・。

しかし意外なことに、シューマンの音楽の持つあの幻想性、そして何よりもあの憧憬は失われていない気がする。たしかに響きはゴージャスになったし、原曲の長調短調が入れ替わったり、いかにも現代音楽風の音やリズムが施されてはいるが、どこかあのシューマン独特の詩的な雰囲気──気まぐれな(ユーモレスクな)進行、そしてあの情熱は、このプスールの音楽からも十分感じられる。

実を言うと、もっとアヴァンギャルドサウンドを、もっと恐ろしく激烈な音塊を予想(期待)していた。なにしろプスールには「ウェーベルン主義! 全面的セリー採用! 電子音楽!」といった血も涙もない音楽を書く作曲家のイメージがあったからだ。それがここまで耳障りの良い音楽(もちろん僕の基準であるが)を書くのかと正直驚いた(もちろん嬉しい誤算であったが)。


曲の題名は "Dichterlibesreigentraum" 。で、なんて訳したらよいのだろうか……詩人の恋の夢の循環? それとも、詩人の恋の夢の輪唱? 

とにかくシューマンの『詩人の恋』(Dichterlibe)を元にした音楽であることは間違いない(しかもそこには「トロイメライ」を含む『子供の情景』の音楽もシンクロしているだろう)。ブックレイトによると、プスールにとってシューマンは敬愛する作曲家であり、『詩人の恋』はその中でもいつも手元に置いてある楽曲であるということだ。彼はその音楽から、様々なモチーフを感得し、分析し、その研究成果を一冊の本にまとめた。そしてこの "Dichterlibesreigentraum" はプスールのもう一つの成果──彼のシューマン研究の音楽的成果、ある音楽家が、霊感を受けたもう一人の音楽家に対する真摯な情熱が果たした一つの、必然的な、そして幸福な芸術的成果である。


アンリ・プスールは1929年、ベルギーのMalmedyに生まれた。リエージェとブリュッセルの音楽院で学びその後、ブーレーズシュトックハウゼン、ベリオらの知遇を得、それによりプスールはベルギーにおけるアヴァンギャルド音楽の急先鋒となる。雑誌 Marsyas の発行も彼の理論を押し進める役割を果たしている。

また、フランスの作家ミシェル・ビュトールとの親交、その影響から、オペラ『貴方のファウスト』(Votre Faust、1961-1968)、『La Rose Des Voix』(1982)らが生まれ、プスールはビュトールの前衛的手法を彼の音楽に導入している。例えばビュトールの『時間割』の解説にはこんなことが書いてあったのを思い出す。

彼は音楽における輪唱(カノン)形式にのっとってこの小説を構成した。『時間割』はいわば時間の──時間の地平における記憶と回想の──巨大な輪唱(カノン)なのである。ちょうど輪唱(カノン)がはじめ一種類の声部ではじめられ、そこにつぎつぎと第二、第三の声部が加わって複雑化し、作品の幅と奥行を増してゆくように、この小説の第一部ではある一ヶ月のことが、第二部では二ヶ月のことが……というふうに、積み重ねられて語られてゆく。
しかも輪唱(カノン)において、ときに、ある声部(旋律)が同じかたちで繰り返されるのではなく、裏返しのかたちにされて繰り返されることがあり、独特の効果を産んでいるのにならって、ビュトールは『時間割』というこの輪唱(カノン)において、時間の流れに沿って過去を語る語り方に、遡行的に過去を語る語り方を重ねあわせた。




ミシェル・ビュトール『時間割』(清水徹訳、中公文庫)解説より

この部分なんかを読むと、まるでプスールの音楽構造を語っているかのようだ。音楽家と小説家の幸運な出会いが互いの作品に影響を与えているのだろう。
そういえばロベルト・シューマンは最も文学的な音楽家であった。



[アンリ・プスールのウェブサイト henripousseur.net]

そうそう。「ヌーヴォー・ロマン」の旗手ビュトールの代表作『時間割』は最近、河出文庫から出だんだった。J=C・ハミルトン作『ブレストンの暗殺』という推理小説について「書かれる/語られる」ビュトールの『時間割』は、ミステリ・ファンならば興味をそそるはずだ。

時間割 (河出文庫)

時間割 (河出文庫)


ビュトールには『即興演奏』や『ディアベリ変奏曲との対話』など音楽に関連した──または音楽的な──著作もある。こちらも音楽ファンなら注目したい。