OEHMS レーベルからのデビューアルバムに、ロベルト・シューマンの『クライスレリアーナ』とモーリス・ラヴェルの『鏡』を選んだ、ルーマニア出身でドイツ在住のピアニスト、ヘルベルト・シュッフ(Herbert Schuch、1979年生まれ)。
シューマン:クライスレリアーナ Op. 16/ラヴェル:鏡(シュフ)
- アーティスト: ヘルベルト・シュフ
- 出版社/メーカー: Oehms
- 発売日: 2011/02/01
- メディア: CD
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シューマンを選ぶというだけでも高感度アップなのに、ルックスだっていいじゃないか、シュッフは。もちろん演奏も素晴らしかった。
これまでも書いてきたように、シューマンの『クライスレリアーナ』は僕の大好きな曲で、手当たりしだい……とまではいかないものの、散々聴いてきたので、どうしても、アレと比べてどう、とか、ここはいいんだけどでも全体的にはどうかな、とか思ってしまう。でもこのシュッフの演奏は、今後のレファレンスにしたいくらい気に入った。
解説に書いてあるように、シュッフは、E.T.A.ホフマンの『牡猫ムルの人生観』の形式を十分に把握して、それを音楽に取り入れているようだ。すなわち、ストーリーが突然中断したり、別なストーリーが挿入されたりと……それが「クライスラーに関する」お話である。
すてきな夫人、ぼくの名前の起源が<縮れた>(クラウス)という語にあるとおもわれて、<髪を縮らすひと>(ハールクロイスラー)という語のアナロジーから、ぼくのことを<音を縮らすひと>(トーンクロイスラー)だとか、あるいはまた<縮らせるひと>(クロイスラー)一般だとかに見なされてはいけません。そんなことになればぼくはすぐにでもクロイスラーと書かねばならなくなってしまいますからね。
<円環>(クライス)を想起していただきたいものです。その円環(クライス)のなかでクライスラーというのがぐるぐる回転している(クライゼルン/クライゼル=独楽)のです。
そしておそらく、その円環をぐるりと描いた暗い測りがたい力と争いながら、往々にして聖ファイト祭の舞踏にとりつかれ、跳ねまわったあげく疲労困憊し、そうでなくても弱い体質の胃にはにつかわしくないというのに、円環から外にでて自由になりたいと憧れるんです。そしてそういう憧れにひそむ苦悩が、やがてあらためて例のイロニーというやつにあたるのではないでしょうか。
演奏においても、めまぐるしく表情が変わる。まるでトムキャット・ムルの眼のごとく。しかもそれを表現するためのピアノの技術がしっかりしているので、決して「企画倒れ」になっていない。むしろこの高度な技巧に支えられてこそ、シューマン=ホフマンの幻想が羽ばたくのだと言ってもよい。第7曲の激情から、第8曲「速く、戯れるように」のフモールに満ちた異様な高揚感への移行はたまらない。
<クライスレリアーナ>の終曲では、ホフマン的幻想がかき消され、クライスラーの幻想のまやかしの衣装も剥ぎ取られて、痛みの裸の姿が見える。
鎖が落ち、経帷子が乱れ、痛みの骨が現れる。回帰だといってもよい。それによって音楽は最後の数小節で、まるで今まで意識を失っていたのだというようにしてわれに立ち返るのである。
もはやメロディはない。
カップリングがラヴェルの『鏡』というのは珍しいかもしれない。しかし『クライスレリアーナ』の、あの単音で息絶えるように音楽が終結した後、『鏡』の第1曲≪夜の蛾≫の、これまた異様なリズムで開始されるアンニュイな音楽は、ゾンビ化された楽長クライスラーが墓場から甦ったごとき効果がある。違和感はまったくない。もしかすると、このシューマンとラヴェルを繋げるということが、ヘルベルト・シュッヒュというピアニストの「企画」なのかもしれない。これは十分に成功している。
クライスラーは夢からさめると、水に映った自分の姿を眼にとめた。すると、あの狂気の画家エトリンガーが水の底からこちらをじっと視つめているような気がしてきた。
「やあ」と、かれはしたのほうにむかって叫んだ、「やあ、きみはそこにいたのか、親愛なる分身(ドッペルゲンガー)よ、けなげな相棒よ!
ホフマン『牡猫ムルの人生観』p.291
とくにデリケートな音色の変化が要求される≪海原の小舟≫や、クライスラー的アイロニーを超絶技巧で表現した≪道化師の朝の歌≫は、とても聴き応えがあった。終曲の≪鐘の谷≫も、精妙な響きに彩られながら、メランコリックな気分に酔わせてくれる。
今後も注目したいピアニストだ、シュッフは。
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