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新しい単純性〜ケヴィン・ヴォランズ



Volans;String Qrts.Nos.2&3

BALANESCU QUARTET - recording 1993 / argo




ケヴィン・ヴォランズ(Kevin Volans、b.1949)*1南アフリカ出身の作曲家である。……と書くと、いかにもアフリカンな、つまりエキゾシズムを「売り」にした音楽を想像されるだろう。
YES. そう、たしかに彼の音楽にはアフリカ風のリズムや旋律が感じ取れる──実際、ヴォランズはアフリカ各地(例えばエチオピア、マリ、ジンバブエレソトなどの地域、部族)の音楽を採取し、彼の楽曲の中でナビゲートしている。西洋音楽の核とも言える弦楽四重奏曲によって表現されるアフリカの音楽、アフリカの心象風景、アフリカの魂云々……。

なんていうのはコロニアルな発想でしかないわけで、ポスト・コロニアル時代には通用しない。ケヴィン・ヴォランズの音楽は、西洋化したアフリカ音楽、西洋に「飼い慣らされた」音楽、つまりエキゾシズムを聴くものではなくて、むしろアフリカ化した西洋音楽を楽しむものなのだ──実際、ヴァランもそんなようなことをあるインタビューで述べている。
強烈なリズムが打ち鳴らされ、極彩色の音色に縁どられ、独特の旋律/非-旋律が歌い叫ばれる中で、弦楽四重奏の「独特な」響きこそが「エキゾチック」な対象なのだ。

中世伽藍(カテドラル)が白かったとき、ヨーロッパは、真新しく奇跡的で気違いじみて向こうみずな技術の絶対的な要求に応じてあらゆる手仕事を組織し、そしてその技術の使用によって思いがけない形態のシステム──精神が千年来の伝統を見捨ててためらうことなく文明を未知の冒険に投げこむ形態のシステム──に到達したのであった。




ル・コルビュジエ『伽藍が白かったとき』(生田勉/樋口清 訳、岩波文庫) P.25*2

もちろんヴォランズは、西洋音楽を「飼い慣らす」術を十分に持ち合わせている。ヨハネスブルクの大学を卒業した彼は、ドイツのケルンで学ぶ。当時、ケルンはパリと並ぶ現代音楽の聖地とも言える場所で、パリにピエール・ブーレーズ IRCAM 所長が君臨しているならば、ケルンにはカールハインツ・シュトックハウゼン教授が鎮座していた。

私の言いえたことは、一般的なこと、原理であり、お望みなら教義と呼んでもいい。しかし常に、そして例外なく私は、その地方と個々の場合に適した正確な外科手術を提案できた。堕落した過去を整理して、新しい時代に扉を開く外科手術であった。
私の生活は、変化に富んだ経験と私の性格や生まれ育ちによって、極端な地方主義に縛られることなく、人間の安全に立返るという理念からあまり離れられずにいられた。年月が経つにつれていよいよ私は、自分が普遍的な人間、それも光のもと形を支配する地中海という女神に固く結ばれた普遍的な人間であることを感じるようになった。すなわち、私は調和と美の造形の命令にしたがう。




『伽藍が白かったとき』 p.65-66


ヴォランズはシュトックハウゼンに学び(その後、教育アシスタントになる)、さらにカーゲルやアイロス・コンタルスキーにも学ぶ。この間、ヴォランズは作曲家として仕事に取り掛かり始めるが、この時期の作品はとくに"New Simplicity"(新しい単純性)と呼ばれる。
実際、ヴォランズの音楽は、シュトックハウゼンの弟子とは思えないくらい平明でわかりやすい。まさしく、企業戦略研究者ビル・ジェンセンが、大企業の過剰で複雑な管理体制をチェックする過程で突然閃き、新たな戦略としてそれを概念化した「シンプリシティ」──複雑(コンプレキシティ)な状況を明快にする技術──を有している。この曲集でも、バラネスク・カルテットの好演と相俟って、シンプルであることの美しさ、ビル・ジェンセンの言う「正しい秩序」──ダイナミックな変革や実験、新たなアイデアや技術革新、技能の登場を可能とし促進する秩序──を十分に知ることができる。ケヴィン・ヴォランズの語法は「ポスト・ミニマリズム」(Postminimalism)の作曲に多大な影響を与える。
現在、ヴォランズはアイルランド市民権を得、同国に住んでいる。

私たちはシンプルであることの美しさを様々な場面で経験してきた。完璧にバランスの取れたシステムキッチンの与える統一感、フレッド・アステアの洗練されたダンス、日本庭園に漂う静寂感、マヤ・アンジェローの美しい詩篇イームズチェアーのシンプルなフォルム、リンカーンゲティスバーグ演説がわずか272語で描き出した大いなるヒューマニズムのドラマ……。それらが示す優美な簡潔さは私たちの想像力を刺激し続ける。




ビル・ジェンセン『シンプリシティ』(吉川明希 訳、日経ビジネス文庫)p.23*3


YouTube にあがっていたケヴィン・ヴォランズの作品より《白人は眠っている》。
Kevin Volans - White Man Sleeps (1st movement)

Kevin Volans - White Man Sleeps (2nd movement)





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