- アーティスト:Dylla, Marcin
- 発売日: 2008/08/26
- メディア: CD
ポーランドのギタリスト、マルツィン・ディラ(Marcin Dylla、b.1976)によるギター音楽集。ナクソスのグレイトな企画「期待の新進演奏家リサイタル・シリーズ」(Laureate Series・Guitar)の一枚だ──もっともディラは、これまで、国際ギター・コンクールで19回もの優勝を勝ち得てきた凄腕の持ち主なのだが、それでも「新進演奏家」なのか、というのが微妙なところなのだが……。
収録曲は、
- ホアキン・ロドリーゴ(Joaquín Rodrigo Vidre、1901 - 1999): スペインの野辺を通って (1957)
- アレクサンデル・タンスマン(Alexandre Tansman、1897 - 1986): スクリャービンの主題による変奏曲 (1972)
- ニコラス・モー(Nicholas Maw、b.1935 -): ミュージック・オブ・メモリー (1989)
- マヌエル・ポンセ(Manuel María Ponce、1882 - 1948): ソナタ・ロマンティカ「シューベルトへのオマージュ」 (1928)
すべて、初めて聴く曲だった。どの作品も20世紀に書かれた「現代音楽」なのだが、新ウィーン楽派やブーレーズのような前衛音楽ではない。どの作品も情感に訴え、郷愁を誘う──そう、聴いていて、とても「感じ入る」音楽なのだ。ギターの繊細で、ときに力強い響きが、たまらなく、いい。
《アランフエス協奏曲》が有名なロドリーゴだが、この《スペインの野辺を通って Junto al Generalife》も音楽による心象風景を見事に聴かせてくれる──彼の描いたその場所はスペインのグレナダにあるヘネラリフェ*1だ。どこか物寂しげな光景。そこから優しい歌が聴こえてくる。作曲者自身が述べているように、この曲は、安らぎと夢を与えてくれる。
タンスマンはポーランド出身で後にフランス市民権を得た作曲家。ただし彼は1941年から1946年までフランスを離れアメリカへの滞在を余儀なくされた──タンスマンはユダヤ系であり、ウィキペディアによれば、彼の合衆国ビザ取得に尽力したのがチャールズ・チャップリンだったという。
このマルツィン・ディラのディスクを購入しようと思ったのは、このタンスマンの曲(のタイトル)に興味を惹いたからだった──なんといっても僕の好きな作曲家の一人、アレクサンドル・スクリャービンのピアノ曲(《前奏曲第4番》Op.16)をどのようにギター音楽に仕立てているのか興味を惹いた。暗い、憂鬱なメロディーが様々に変奏され最後はフーガになる。9分ぐらいの曲だがとても聴き応えがあった。その9分ぐらいの音楽のなかに、様々な情感が込められている。この作品はアンドレス・セゴビア/Andrés Segovia に捧げられた。
Marcin Dylla Plays Tansman Variation on theme A.Skryabin
イギリスの作曲家ニコラス・モーの《ミュージック・オブ・メモリー Music of Memory》は、さすがに新しい音楽だけあってモダンな響きから始まる。でもすぐにどこかで聴いたことのあるロマンティックなメロディーが聴こえてくる。そのメロディは、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲イ短調 Op.13 の第二楽章だ。ざらついたモダンな響きとロマンティックなメロディの回想による相互作用が素晴らしい効果を生んでいる。こういった「聞かせ方」は、やはり現代的な手法だなと思う。ジョシュア・ベルがニコラス・モーのヴァイオリン協奏曲を録音していることも記しておきたい*2。
Marcin Dylla plays Music of Memory by Nicholas Maw at Wawel Royal Castle
最後のポンセの曲は、演奏時間が一番長く堂々としたソナタ形式になっている。シューベルトがギターでソナタを書いたらこんな曲になるだろう。長調と短調の交代、物思いに耽るような休止、情熱的な同音連打──まるでシューベルトのピアノソナタのような、そんなリリシズムと「天国的な長さ」が、とても心地よい。この曲もセゴビアに献呈された。
このアルバムを聴いて、ギター曲をもっと聴きたくなった。
[関連エントリー]
*1:Generalife、http://es.wikipedia.org/wiki/Generalife
*2: