HODGE'S PARROT

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アントニイ・バージェス プロジェクト



YouTube に「The Burgess Project」という映像があった。『時計じかけのオレンジ』(A Clockwork Orange)で有名なイギリスの作家(にして批評家にして音楽家であった)アンソニー・バージェスAnthony Burgess、1917-1993)について、テクノロジーとパフォーマンスで持って紹介しようというプロジェクトのようだ。

The Burgess Project - TRAILER


[The Burgess Project]

バージェスと言えば、以前は早川書房から翻訳がいろいろと出ていたのだが、最近はぜんぜん見かけない気がする。あのエレガントで機知に富んだ風刺はかなり強烈で「うざい」ものだったのだが。

「ぼくは芝居は好きじゃない。淫乱と殺人ばかりだもの」
「いや、リリー*1と彼の少年劇団がいつもやっているじゃないか」卑猥なヒソヒソ笑いが漏れた。「百合(リリー)のように白い少年がね」
「紳士たるもの、肉欲から超然とすることはできぬものか──血だの、喘ぎ声だの、室内のトイレだのといったものから? 愛情について言えば──」
彼は自分の仕事を芸術一本に絞って、この人たちの浴するものを提供しようと思った。彼は日光や風を閉め出した美しい緞帳の垂れ下がった舞台を、心に描いた──ここにいるようなけだるい美少年たちが機知に富んだ会話をくりひろげる舞台、ケンプのような粗野な登場人物もいなければ、血まみれの剣士もおらず、アレンの絶叫もない舞台を心に描いたのである。


ぼくは、ここにいるような優雅な人形たちを提供しよう、そして彼らに言葉を貸し与えよう、そう彼は思ったのである。しかし彼は自分が永遠に二つの世界──大地と大気、理性と信仰、行動と瞑想といったものの狭間に落ち込んでいるのを意識して溜息をついた。あらゆる種類の人間の中にあってただひとり、彼は殉教の詩人の運命をその胸にかき抱いたのである。




アントニイ・バージェス『その瞳は太陽に似ず』(川崎淳之助 訳、早川書房asin:B000J8F8SM)p.134-135

Enderby. Die Stiefmutter / Die Muse. Ein Doppel-Roman 「ひざまずきなさい、同志エンダビー。わたしたちはいっしょに同じ神に祈りましょう。そしてあなたは姦通のあらゆる罪の赦しを乞うのです。」ノックがまた響いた。今度は前よりも高くなった。「静かに」と(マルクス主義者の)ウォールポールが怒鳴った。
「祈りませんよ」とエンダビーは言った。「ぼくは姦通の罪なんか犯していない」
「犯さない人がいるもんですか」とウォールポールが言った。「心のなかでは。」そして、エンダビーの少年時代の救世主の画像のように自分の心を指さした。「ひざまずきなさい」と彼は言った。「わたしもあなたといっしょに祈りましょう」
「いやだ」とエンダビーが言った。「ぼくはあなたと同じ神を受け入れたくない。ぼくはカトリックだから」
「それならますます祈る理由がある」とウォールポールは言った。「唯一の神があるのですぞ、同志!」と彼は大声で言った。「ひざまづいて祈りなさい。そうすれば、あなたはわたしから解放される。全能の神からは解放されないにしても。もし祈らないのなら、わたしは天の猟犬になって、工場の若い者をさし向けますよ。それもすぐにね。たとえあなたが今朝出かけようとしてもね。ひざまづきなさい!」と彼は命令した。




アントニイ・バージェス『エンダビー氏の内側』(出淵博 訳、早川書房asin:B000J7N39Y) p.118

「ところで」レディ・ドレイトンはいった。「ただ考えこんでばかりいても仕方がありませんわ。仕事を、仕事をしなければ。することはたくさんありますの。今はメニューを書きあげたところです。フランス語ですの、もちろんむしろ印象派風のフランス語です。でも、十分理解できにくいと思いますの。性称(ジェンダー)が怪しいんですけど、でも性称をいただくわけではありませんから」
「お前は」ベンジャミン卿がいった。「英語で書いてもよかったのではないかね」彼はそれを読み通そうとして、まず頑固そうな毛深い顔に眼鏡をおしつけ、うなるような声を出した。
「ピューリタニズムですわ」レディ・ドレイトンはいった。「人々は裸をとっても怖がっているんです。みなさんは、あなたの裸像にひどくおびえると思いますわ。イギリス人というのは、楽しみをも悲しげにとるのですわ。ですから食べ物にだって一種のクロスワード・パズルを通じて近づく方が好きなんですのよ」




アントニイ・バージェス『聖ヴィーナスの夕べ』(鈴木建三 訳、早川書房asin:B000J8JLLW) p.22

Napoleonsymphonie. Roman in vier Saetzen 「で、あなたは?」と彼女は口をはさんだ。「あなたも偉大な民主主義者なの?」
彼は足をとめ、彼女の顔をまともに見た。視線を返した彼女は彼の赤いビロードの服が火と燃えるのを見た。
「民主主義者?」
奇妙なもんだ。ものうげな唇からこの種の政治用語がこぼれ落ちてくるなんて。政治的分野において夫がこれまでにない重要人物になったのを知って、『子供のためのモンテスキュー入門』といったたぐいの本でも読みはじめたのだろう。
「まあそんなところか。いや、そうともかぎらん。これまでのところは民主主義的な手続きに従ってきたとは言える。自由投票とかなんとか。ところがまったくのところ選挙民は憲法について何も知らん。知る必要もないし、知っていなければならんともいうわけでもない。これはわたしの個人的な見解だが、憲法は曖昧を以てよしとする。ただし、一見したところ単純率直を与えるのが肝心だから、それは簡潔を旨としなければならない」
「なんだかマキアヴェリみたいなおっしゃりようね」
ふむ、このてのものも読んでいるんだな、なるほど。




アントニイ・バージェス『ナポレオン交響曲』(大沢正佳 訳、早川書房asin:4152002107) p.90


↓では、クラシック音楽マニア(とくにベートーヴェン好き)のバージェスが「ポップミュージック」について語っている。
Anthony Burgess On Pop



ウィキペディアには興味深い項目がある。「Espionage」だ。

Burgess had a long-term grievance about being confused with two members of the Cambridge Five: one of the five was Guy Burgess and another Anthony Blunt. Unfortunately, by the time they achieved notoriety, Anthony Burgess's pen-name was well established. He succeeded in extracting an apology from the Paris-based International Herald Tribune in 1983 after the newspaper referred to him in print as "The spy, Anthony Burgess". The Sunday Times newspaper perpetrated a similar error in 1999, referring to "the other British defectors, Anthony Burgess, Donald Maclean and George Blake".




Anthony Burgess

なんでも、「アントニイ・バージェス」という名前が「アントニイ・ブラント」と「ガイ・バージェス」というスパイ史上名高いケンブリッジ・サーカスの二人と混同されるのだという。言葉遊びを巧みにフィクションに取り入れた小説家が、現実の世界で、それぞれ別人の姓と名が合成された一人の人物として把握されてしまう皮肉──小説家はその混同を嫌悪した。実際、フランスの『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』は「スパイのアントニイ・バージェス」と記したという。
ただ、アントニイ・バージェスには『戦慄』(Tremor of Intent)というスパイ小説のパロディ?があり、その中で熾烈な情報戦の「真実」を抉り出している。さらにマレーシア時代、バージェスはMI6と接触していたという証言もある。

Tremor of Intent (Norton Library) 「わたしは一種の特訓を受けるためにローマに行かなければならなかった。しかし、そのうちまた船上で会えるだろう。そのときはほんとうのペテン師になっているよ。またタイプの技術屋とか、あるいはコンドーム製造業者でもコンピューターのセールスマンでもいい。ただし、あくまでも観光旅行者だろう。その他の点ではちょうど前と同じでね、鉄のカーテン内の諸国に忍びこんだり、スパイをやったり、破壊的な言動を弄したりだ。
しかし、戦争はもはや冷たいものではあるまい。そして、それはただ東西冷戦陣営のものではないだろう。たまたまわたしは冷たい戦争時代のスパイ活動にたとえて言っているけれども」
エリザベス一世時代のイエズス会士たちみたいに」とアランは言った。「ことばに裏の含みやなんかがあるというわけ」




アントニイ・バージェス『戦慄』(飛田茂雄 訳、早川書房asin:B000J8MWZO) p.269

『戦慄』の解説によれば、原題の「Tremor of Intent」(意図震顫)は病理学用語だという。意図震顫とは、「ある行動の意図に強く駆りたてられたり、極度に一点に集中したりする場合、指先などの体の一部分に小刻みな震えが生じる症候」。ドイツ語からの直訳は「intention tremor」。小説では”he noted the tremor of intent”(彼は意図震顫に気づいた/指先に戦慄が走るのを感じた)という文で使用される。


Stanley Kubrick's a Clockwork Orange: Based on the Novel by Anthony Burgess

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The Real Life of Anthony Burgess

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