若島正の『乱視読者の冒険 奇妙キテレツ現代文学ランドク講座』(自由国民社)に、「わたしの知ったこと」と題された文章がある。ヘンリー・ジェイムズの『メイジーの知ったこと』を、著者の恩師、著名なジェイムズ研究家・翻訳者である青木次生氏に、院生時代の演習で読まされた思い出を綴ったものである。
なんでも、青木次生氏が訳された『メイジーの知ったこと』の一節、「a handsomer, ampler, older Mrs Beal」の「ampler」という単語が初稿では「太った」だったのに、最終稿では「豊満な」という訳語へと変更されたのは、大学院生若島正の提案があったからだという。
「一段と美しくなって豊満になり成熟したミセス・ビール」。
そして「青木先生」のジェイムズを読む授業を受けながら一年が過ぎた。恩師の感化を受けた学生は、あれほど難解だったはずのジェイムズの文章が、驚くほどよくわかる、と目から鱗が落ちたという。
ヘンリー・ジェイムズは、難しい難しいって世間じゃ言われているけど、読んでみたらおもしろくって達者なんだなあ、とわたしはすっかり感心してしまった。あとでこの感想を青木先生に言ったら、先生はいかにも嬉しそうな顔をして、「そうなんだよ、ジェイムズはうまいんだなあ」とおっしゃった。少しはジェイムズのおもしろさをわかってもらえたか、という表情だった。
青木先生の言葉を借りれば、ジェイムズは「メイジーにいわば考えうる限り最大の花束を持たせて、この作品を書き終えている」のである。こんな美しい言葉を、わたしも一度でいいから書いてみたい。
ジェイムズの裏の裏まで知り尽くした青木先生は、ほとんどジェイムズその人に見えた。青木先生がジェイムズなのか、ジェイムズが青木次生なのか、わたしたち学生には区別がつかなかった。
p.298-299
なんかとてもいい文章で、ちょっとジーンときた。『乱視読者の冒険』には他にもマーガレット・ミラーについての文章「ミラー、ミラー」(初出はマーガレット・ミラー『ミランダ殺し』創元推理文庫解説)もある。
乱視読者の冒険―奇妙キテレツ現代文学ランドク講座 (読書の冒険シリーズ)
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