ただ前衛、または現代音楽というシロモノ。メシアンやらブーレーズやらシュトックハウゼンやらケージやら……どうも晦渋で取っつきづらい。また、演歌みたいなウェットな「日本的情緒」を連綿と聴かされても、辛いものがある。
しかし大澤壽人(Hisato Ohzawa、1907-1953)のピアノ協奏曲第3番変イ長調「神風協奏曲」は違う。1938年に作曲された「戦前」の音楽で、「変イ長調」という調性アリ、そして「ピアノ協奏曲3番といえばプロコフィエフだ」という方も驚愕するに違いない「モダン」で「ヴィルティオジティ」溢れるシロモノだ。
この躍動感溢れる、モダニスティックな「音楽語法」を駆使して作曲されたピアノ協奏曲に接して以来、その「A flat - E flat - F」からなる「モットー(エンジンのモットー)」がアタマから離れない。
こんなに凄い音楽がCD初登場だなんて……。いや、実は大澤壽人という人物についても、このCDを聴く/読むまで、まったく知らなかった。いったい学校では何を教えているのか。
例によって、このNAXOSの「日本作曲家選輯」シリーズの解説を書いている片山杜秀氏の文章は必読だ。この「未知の」作曲家について、その生涯から個々の作品まで、さまざまな貴重な情報を記してくれる。博覧強記と熱意──その文章から、熱いものが伝わってくる。
このシリーズがある程度まとまったら、この解説部分を集めた本を刊行してもよいのではないか。それほど読み応えがあり、日本の音楽文化への再考を促してくれるものなのだ。
タイトルにある「神風(Kamikaze)」。これは特攻隊の神風ではない。朝日新聞社所有の航空機「神風号」のことである。
片山杜秀氏の解説によれば、神風号は、三菱航空機が製造(設計は久保富夫技師による)した陸軍の九七式司令部偵察機用の試作第二号であった。当時の「国産新鋭機」であり、それを朝日新聞社が買い取り、改造した。さらに朝日新聞社は、その「神風号」を使って、国威発揚行事を企画した。
それがイギリス国王ジョージ6世の戴冠式に合わせて、東京─ロンドン間の「最速飛行記録」を樹立することであった。1937年4月6日午前2時12分、立川を飛び立った神風号は、ハノイ、カラチ、バグダット、アテネ、ローマ、パリを経由して、4月9日午後3時30分(現地時間)、ロンドンに到着した。所要時間94時間18分。最速飛行記録を達成、日本の航空技術の高さを国内外に知らしめた。
(同様の「企画」は毎日新聞社も行っている。海軍の九六式陸上攻撃機を譲り受け「ニッポン号」と名づけ、羽田、北米、南米、ヨーロッパ、インド、台湾、羽田といった経路で「世界一周親善大飛行」を成功させた。片山氏が述べるように、1930年代後半の日本は「航空ブーム」に沸いていたのである)
この出来事に触発され、大澤壽人のピアノ協奏曲が誕生した(実際に朝日新聞社からも助力を得た)。メカニックでトッカータ風の無窮動なモチーフは、まさに「エンジンのモットー」。クレッシェンドを伴う急速な上行運動、フルオーケストラによる豪快な「飛翔動機」、そしてアクロバティックな「旋回」、鋭角的なパッセージ、トリル、トレモロ、グリッサンドとあらゆるピアノの「技術/テクニック」が、この協奏曲には、込められている。
第2楽章は、アンダンテ・カンタービレ。解説にもあるように「夜間飛行」の趣。ラヴェルの「両手の」ピアノ協奏曲を思わせる、ジャズ風、ブルース調の音楽である。なんといってもサキソフォーンが使用されているにの注目される。どこまでモダンなんだ、大澤は。
3楽章は、これまでのモチーフ(動機)をより鮮明に鮮烈に浮かび上がらせる。ピアノのヴィルトゥオジティもいっそう絢爛豪華となる。そして、コーダ(終点)めざして、一気呵成に突き進んでいく。
ちなみにこのCDの演奏は「外国人の部隊」による。
エカテリーナ・サランツェヴァ(ピアノ)、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団、指揮はドミトリ・ヤブロンスキー。
また大澤壽人(彼の母親はクリスチャンであった)が、かつて教鞭を取り、日本の私立大学の音楽科では最も古い歴史を持つ神戸女学院大学も、このCDに協賛している。
ナクソス「日本作曲家選輯」
http://www.naxos.co.jp/onsale_japaneseseries.html