HODGE'S PARROT

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BBC問題の検証の検証 So it Goes.




外岡秀俊『岐路に立つ公共放送──揺れる「独立王国」BBC』(『論座』2005年4月)を参照したい。
この記事では、最近の英国放送協会(BBC)に関するいくつかの議論が、簡潔に示されている。

その中で僕がとくに注目したいのが、「イラク戦争大義」をめぐる英政府との対決の顛末、具体的にはハットン報告とバトラー報告で検証された中身である。

英政府とBBCが全面対決に突入したのは、「ケリー事件」の扱いが原因だ。2003年7月、「英政府はイラク大量破壊兵器の脅威を誇張した」と報じたBBCの情報源と看做されたケリー博士が自殺した。英下院外交委員会が博士を召喚した3日後のことだった。

現在では、米英政府が認めたように、イラクには元々「大量破壊兵器はなかった」ことが判明している。したがってBBCの報道は、結果として公共性に適っていたのだが、しかし当時、記者の些細なミスが、BBC側を不利な状況に追い込んだ。

BBCのギリガン記者は、

官邸はイラク大量破壊兵器に関する報告書を魅力的にするため、恐らくは誤りと知りながら、四十五分情報*1を挿入した

と報じた。

「ケリー事件」を究明するために、ハットン判事を長とする独立司法調査委員会が設置された。しかしそこでは、「四十五分情報」自体の入手経路やその内容の確度については「検証されず」、上記のギリガン記者の報道の真偽のみが「検証された」。

BBCにとっての痛手は、ギリガン記者の取材手続きに落ち度があり、放送内容が不正確だったことである。ギリガン記者は、放送前に官邸に対して「疑惑」の真偽を確認せず、反論の機会を与えていなかった。また放送では匿名の情報源を「情報機関幹部」と語ったが、ケリー博士は国防省顧問だった。政府高官が、「誤りと知りながら」四十五分情報を報告書に挿入した、という表現も誤りだった。対外情報機関MI6が「四十五分情報」を入手して、最終的にはスカーレット統合情報委員会が情報評価していた事実が判明したからだ。

言うまでもない。「イラク大量破壊兵器に関する報告書を魅力的するため」と政府のイラク戦争大義に疑惑を突き付け、政府の「落ち度」を批判する記事が、まさにその内容において、「自説を魅力的にするため」に不正確な「表現」が用いられ、取材手続きに「落ち度」が生じていたのではないか、と検証の俎上に挙がったのだ。

ギリガン記者は録音テープを取っておらず、反証の材料がなかった。携帯端末に記録したメモは前後関係が不明瞭で証拠としての確実性に欠けていた。求められたパソコンの提出は、「他の取材源の秘匿」という理由で拒否──したがって、「取材メモを自分で有利に書き換えた」という「疑惑」を晴らすことができなかった。

ハットン報告は、BBCの報道に欠陥があったことを指摘した。ブレア首相は、「この件に関し」勝利を宣言した。


ハットン委員会では、ギリガン記事の「表現」並びに「取材手続きの適正さ」といった問題に、検証対象がスピンした。So it Goes.

そのため──世論にも考慮して──今度は、「四十五分情報」の真偽を検証するバトラー委員会が設置された。

バトラー報告では、「英政府情報には重大な欠陥があった」との結論が下された。MI6による情報は不確かで「十分な検証」を経てはいなかったことが明らかにされた。また「四十五分情報」はミサイルなど遠隔地を攻撃できる戦略兵器か、火器など戦場で使う戦術兵器かの区別も曖昧であったと指摘された。

バトラー報告は、情報が限定されていたことに政府が言及しなかったため、確度の高い情報があるかのような印象を国民に与えたと指摘し、どんな種類の兵器を指すか明確な定義をしないまま「四十五分情報を報告書に盛り込むべきではなかった、と批判した。

しかし、

「政府に意図的な情報の歪曲や不注意による過失はなかった」として個人責任は問わず、ブレア首相に助け舟を出した。

こういった事情によってBBC側は痛手を被った。二人のBBC経営トップの辞任、そしてギリガン記者とその上司のサムブロック報道局長も辞任に追い込まれた。So it Goes.

英国人には、情報はセンサーであり、センサーが麻痺すれば正常な判断ができない、という見方が定着している。自分に有利か不利かという思惑とは別に、まず事実を正確につかむことに重きを置く態度だ。理念よりも事実、理想よりも経験を重んじる気風といってもいい。ケリー事件を通じて正面からBBCと対決したブレア首相が、「それでもBBCの独立性は大事」だと言ったのは、BBCの批判精神が、政権にとってもセンサーとして必要だとの自覚からだろう。

So it Goes.

*1:イラクは四十五分以内に、化学・生物兵器を実践配備できる」とした政府の報告書