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フリーマントル『黄金をつくる男』




黄金(キン)をつくる男 (新潮文庫)

黄金(キン)をつくる男 (新潮文庫)

1981年に出版された(邦訳は1985年)ブライアン・フリーマントルのジョナサン・エヴァンズ名義作品『黄金をつくる男』(The Midas Men)。舞台は南アフリカ共和国。ということは、南アフリカアパルトヘイト政策を行っていた時期である。

「人種隔離政策に対する一致団結した反対は起こりえないと、南アフリカでは信じされています。というのもおたがいに種族意識が強くて、あまりに多くのグループに分裂し反目しあっているからです。ところがわが国ではそう信じるのはもはや正しくないという意見です。アフリカの民族主義政党の組織化が進み、南アフリカは深刻な苦境に立たされているとみています」




ヘンリー・モートン米国財務長官のセリフ p.319

そして、世界情勢は、米ソの東西の軸を中心に動いていた。

「われわれは、しばしばCIAを通じて、世界中の非常に多くの国に関与している。とくにカリブ海諸国や南米、アフリカの国々とは。そこでわれわれが支持している生体や政府の安定をおびやかすような動きについて、それが深刻化するずっと前に、知りたいのだ。この情勢は完全に全地球的なものであってほしい。主要な生産物の変化によって世界のバランスがくずれるおそれがあったら、わたしに知らせてほしい……」




ヘンリー・モートン米国財務長官のセリフ p.198-199


まず、フィクションとしての対立軸は、「南ア社」という金鉱を所有している多国籍企業内部の権力争い──イギリス系の勢力とオランダ系アフリカーナの勢力の「戦い」を中心に展開する。言うまでもなく、これは、「ボーア戦争」の再現である。もちろん、ここでの武器は、株価操作や秘密取引といったものに変えられているが。
作者ブライアン・フリーマントルは、チャールズ・ディケンズの言葉をエピグラフとして引用する。

「取引のルールを教えてやろう。相手を出し抜くことだよ。相手もそうしようとするだろうからな。これが本当のビジネスの心得というものだ」




ディケンズ『マーティン・チャズルウィット』

しかしこのジェイムズ・コリントン会長を中心とするイギリス勢力とマリウス・メッツィンガーを中心とするアフリカーナ勢力の凄絶な企業内権力闘争は、たちまち冷戦構造下の国際情勢とリンクしていく。互いに相手を出し抜こうと凄絶な闘争を繰り広げている、米CIA、ソ連KGBサウジアラビアイスラエルモサドの動きと絡み合っていく……。

オランダのアムステルダムソ連の陸軍輸送機が墜落した。オランダ情報部によって、そのソ連輸送機は、NATOが多大な関心を抱いていた機種であることを直ちに見抜く──それは「キャンディット」という暗号名が付されていた「優先扱い」事項だった。
輸送機には大量の金塊が積まれてあった。南アフリカに次ぐ金(ゴールド)の産出国であるソ連が、なにゆえに、金を大量に買い付けるのか?
これには理由があった。ソ連は深刻な穀物不足によって、敵対国アメリカから穀物を輸入せざるを得なかった。協定によりソビエトは代金を金で支払うことになっていた。それはアメリカの金準備を豊かにするものであり、ドルを補強するものであり、したがって、それにより、強いドル、すなわち「強いアメリカ」を体現できる。

世界の金の供給は南アとソビエトという二大金産出国によって支配されている。そして南アは世界市場に及ぼす力を意識して産出高を削減した。ソビエトの申し入れによって、アメリカはすでにニューヨークの連邦準備銀行に保管されているよりも大きな金の準備を確保する機会にめぐまれる。モートンの主張は、もし充分な金の準備が確保されたら、自由市場における毎月の金放出を再開できるということだった。そうすれば、何週間と経たないうちに、金市場は合衆国の金保有高を実際より低く見積もっているのではないかということを認識する。財務省から情報を漏らして投機筋を繁樹することもできる。そうすれば現在の保有金をずっと高い値段で安定させることができる。




p.62-63

ところが、この財務長官ヘンリー・モートンの野心を挫きかねない「動き」が確認された。「南ア社」のコリントン会長が画策している、サウジアラビアとの石油の秘密取引である。南アフリカ共和国は、人種隔離政策を理由に、多くの国々から経済制裁を受け、とくに中東諸国からの石油の禁輸措置が痛手だった。そこに、銀の取引で大損をしたサウジのハッサン王子という人物が登場する。両者の利害が一致する。金と石油のバーター協定である。

もちろん、石油が南アフリカに流れるならば、アメリカへの石油供給はその分削減されてしまう。それは「強いドル/強いアメリカ」への大きな障壁となる。したがって、モートン財務長官は、その障壁を取り除くべく、CIA工作員を使って「南ア社」の金鉱を爆破させる……アフリカ人民機構のゲリラに見せかけて、共産主義勢力の仕業に見せかけて。
しかし一方、コリントン会長は、アフリカーナたちの社内の陰謀だけではなく、南アフリカを取り巻くCIAの陰謀にも気付きはじめる。そこで彼はKGBと「協定」を結び、CIAの仕組んだ破壊活動の全容を明らかにしようとする……。


この『黄金をつくる男』は、かつて、『インサイダー』編集長の高野孟氏に絶賛された。高野氏によれば、「南ア社」のモデルは、南アフリカ最大の金・ダイヤのコングロマリット「アングロ・アメリカン社」であり、その幹部が金市場をめぐってソ連の当局者と接触を持っていたことは、「よく知られた事実」だという。

また、モートンレーガン政権の最初の財務長官リーガンをもじった人物であることは明らかである。レーガンとリーガンが、少なくとも当初、金の通貨としての復権をテコとしたドルの威信の回復を狙っていたのは本当で、この書が出た八一年の段階で言えば、その問題の行方はすべての国際ジャーナリストにとって関心の的だったし、今なおこの金・石油・穀物そしてドルのからみあいの国際政治経済の構図は基本的に有効なのである。




高野孟「国際謀略小説で世界情勢を読む」(別冊宝島『ミステリーの友』より p.40)

「情報として」このフリーマントルの小説を読んだ場合、主人公は、金、石油、穀物といった「国際戦略商品」であり、米ソ、サウジ、南アの駆引き/取引そのものである、と高野氏は述べる。


ところで、このフリーマントルの小説は、たしかに主人公が「貧しい孤児」だった英国人ジェイムズ・コリントンなのだが、他に「南ア社」の英国人役員が登場するぐらいで、お馴染みの英情報部(MI6)や国家としてのイギリスが登場しない。ボーア戦争の回想のようなものはあるのだが、「現在の(当時の)」英国が不在である。アパルトヘイトを非難する言明は本文からも読み取れるのだが、しかしなんとなくアフリカーナに「より責がある」ように書かれてあるように思える。

というわけで、それを補完する意味で「南ア社」のモデルとなった「アングロ・アメリカン社」(”英米”社)をめぐって、広瀬隆の『赤い楯』の中の「南アフリカゴールドフィンガーミルナー幼稚園”」を参照してみたい。

誰もが知る通り、南アの人種差別は、その原因となるものが単純な黒人差別ではなく、産業界の深い底部にある。その陰に隠れた犯人をとらえなければ、本質的な解決にはほど遠く、これからも夥しい数の死体を見なければならないことが分かっている。その正体が、南アの地底に眠る金銀ダイヤ・ウランをはじめとする異常なほど豊富な鉱物資源──これをある企業の名前で表せば「ミノルコ」となる──この利権略奪の暗闘である。




広瀬隆『赤い楯 上』(集英社)p.103

大英帝国首相官邸では、マーガレット・サッチャーという人物が南ア問題について全世界から非難を浴び、写真を撮ればもはや孤独の暗い影しかフィルムに写らなくなって辞任した。南アのアパルトヘイトを産み落とした母が、放蕩児に対する経済制裁はできないと主張していたのである。しかし現実は、それほど叙情的な話ではあるまい。
経済制裁によって困るのは黒人だ」と、平然と語る人間がいる。よろしい。


アパルトヘイトによる黒人の死者は、国連の資料で判明している限り、たったいま過ぎ去った1980年代、わずか十年だけで”百五十万人”を超えている。この数字は、信じがたいことながら南アに隣接するアフリカ諸国の犠牲者だけであり、当の南アの国内で殺された黒人は含まれていない。南アが侵略してきたナミビアも除外されている。その数字は、誰にも分からないほど膨大である。イギリスの首相ともあろうものが、この国連発表の数字を知らなかったのではあるまい。




『赤い楯 上』p.123

「黒人差別の犯人はオランダ系アフリカーナーである。イギリス系の財界人はアパルトヘイトの撤廃に努力を続けている。しかしその努力はアフリカーナーの前に空しく、壁は厚い」といった、実にもっともらしい流言蜚語が世界一流のジャーナリストの筆でわれわれに伝えられてきた。情報源が、みなイギリスだからである。




『赤い楯 上』p.126

赤い楯―ロスチャイルドの謎〈1〉 (集英社文庫)

赤い楯―ロスチャイルドの謎〈1〉 (集英社文庫)



そういえば、南アフリカと「サッチャー関連」で、興味深いニュースがあった。

Investigators were said to be examining his records and computers for information about the alleged plot.


Sipho Ngwema, spokesman for the South African police anti-fraud unit known as the Scorpions, told BBC's Newsnight police had "credible evidence" of Sir Mark's involvement.


He said Sir Mark had been arrested because of indications "he has contravened the Foreign Military Assistance Act of South Africa which prohibits South African residents from assisting in a coup or military activities outside South Africa without authorisation of the South African government".


"We allege he is one of the financiers of the coup to overthrow the government of Equatorial Guinea and we have received credible evidence that he has assisted financially in that regard," he added.

The son of former UK Prime Minister Margaret Thatcher was ordered to pay a bail bond of two million Rand (£165,000) and hand over his passport.


He was charged with contravening two sections of South Africa's Foreign Military Assistance Act.


The act bans residents from taking part in any foreign military activity.


Sir Mark, who inherited his late father's hereditary baronetcy in 2003, appeared in court in a dark suit and said nothing during the short hearing.


これはマーガレット・サッチャー元首相の息子マーク・サッチャーが、アフリカ西部、赤道ギニアでのクーデター計画に資金などを提供した疑いで南アフリカ警察に逮捕された国際的事件だ。

2004年8月、マークは当時居住していた南アフリカ共和国で、「赤道ギニアのクーデターを企んでいた傭兵へ資金援助を行った」容疑で逮捕されたが、すぐに200万ランド(約4千万円)の保釈金により保釈され、イギリスへの帰国を認められた。2005年1月に南アフリカ政府と司法取引をし、「資金提供は認めるが、クーデターの意図は知らなかった」ということで、懲役4年(執行猶予付き)と300万ランド(約6千万円)の罰金を支払った。交渉には、母マーガレット・サッチャーの大きな影響力があったと考えられている。




Wikipedia より


また、1980年代、南アフリカから最も金を輸入した国は、日本である。

アフリカ全土の黒人が、「アパルトヘイトを廃止させる唯一の手段は、経済制裁をただちに実行に移してくれることだ」と訴えている時に、世界で最大量の金を輸入してきたのが、わが国である。


(中略)


現在の南アにおける金鉱の占有率は、表面上は「アングロ・アメリカン」が五〇パーセントだが、株の保有率を調べてみると、実質的にはほとんどの鉱山が傘下に入っていることが分かる。日本人が払った金貨の代金はそっくりアングロ・アメリカンの収入となっている。そのあいだに入って収入を得ている南ア政府の予算は、核兵器開発と兵器の購入にかなりの割合が占められ、1987年で四千億円ほどだが、ほかの国と事情が違うのは、その兵器が日常茶飯事のように実物の標的に向けて使われていることだ。標的とは、誰であろうか。




広瀬隆『赤い楯 上』p.127

言うまでもなく、僕が興味をそそられるのは、KGBソ連当局と通じていると思われる企業に、大量のジャパン・マネーが流れたことだ。『黄金をつくる男』は、1981年に書かれ、1985年に邦訳がされているのだから。