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国家の監視と官僚主義的強制から逃れて ドイツ閉店法




日本マクドナルドが24時間営業店舗を拡大するというニュース。

マクドナルドが24時間営業店拡大 今夏までに200店 [goo ニュース/朝日新聞]

05年2月以降、約半数の店で午前6時半から営業を始めたところ、会社員や学生の朝食需要を取り込んで客単価や客数が伸びる効果がみられた。このため、深夜の需要開拓にも乗り出すことにした。

06年1〜3月期の既存店売上高は前年同期比0.8%増にとどまっており、既存店の売り上げ向上には時間延長が不可欠と判断した、ということだ。


このマックのニュースは先月のものなのだが、廣田功[編]『現代ヨーロッパの社会経済政策』(日本経済評論社)を読んでいて、なんとなく思い出した。


とくに石井聡氏による第11章 現代ドイツにおける「社会市場経済」の変容。この論説では、ドイツの「閉店時間法」の改正をめぐる動きが取材されており、各政党各団体の攻防が読ませる。

1956年に制定された閉店法は、「労働者保護の基本法」とも言われ、社会政策的な意義が強調されてきた。小売業従業員の長時間労働からの保護を主な目的としている。しかし、経済のグローバル化、EUの統合、インターネットなどIT技術の浸透によって、時代に即さない規制と看做され、「規制緩和」の対象として議論の俎上に挙がる。
おりしもドイツは、現在、不況や大量失業が問題となっている。高賃金・短時間労働・充実した社会保障が企業の高コスト構造を生み、グローバル時代におけるドイツ企業の国際的競争力が低下した、という「危機意識」も叫ばれてきた。

中小小売店の労働者を保護する閉店法は、1956年法では、平日は7時から18時30分までの営業、土曜日は7時から14時までの営業、日曜祝日は閉店と定められた。
もちろん制定当時から閉店法には批判があった。なにより消費者の視点や市場経済の視点は、ここには、ないからだ。

しかし労働組合や小売業者、そして日曜労働に反対の教会が支持。それらを支持基盤とする二大政党は改正を行わなかった。
その後、1989年に木曜日だけを20時30分まで営業することが許可され、1996年の改正で、平日は6時から20時まで、土曜日は16時まで、さらに2003年の改正で土曜日も20時まで営業できるようになった。

とくに2003年度に提出された「経済リベラル」を唱える自由民主党(FDP)の「閉店法廃止法案」の理由が興味深い。石井聡氏は「経済的理由」と「社会的配慮」に分けて整理している。
まず経済的理由について。

・鉄道駅、空港、ガソリンスタンド、あらゆる時間規則のないインターネット販売といった新たな競争形態が市場割合を増加させ、消費者がいつ買い物をすませるかについては国家の監視から逃れ、不必要な官僚主義的強制から自由になったことが明らかになった。
・国際的な競争圧力は、ドイツのサービス提供者に、積極的な競争力の形成によって対処することを強いるようになっている。




p.311

つまり、インターネットなどで「政府が定めた営業時間」に囚われずに買い物をするということは、「国家の監視」から逃れていることなのだ。国家が──例え労働者保護という名目があっても──営業時間を定めることは、官僚主義的強制なのだ。
さらに「経済的理由」としてFDPが挙げるのは、小企業が「市場の隙間を埋めることができる(いわゆるニッチな市場か)、ベンチャー企業が活躍できることなど。

「社会面」への配慮としては、

・ドイツは社会政策的な変革期を迎えている。変化した労働構造、労働時間の弾力化、高まる社会的変動性は、消費者の生活習慣・消費習慣を変化させている。
閉店時間の自由化は、家族の関心にも沿ったものである。共稼ぎの夫婦は、買い物をより良く分担できるようになる。また家族全員で買いだめをする必要や、「満員の土曜日に家族で買い物」を避ける必要もなくなる。
・従業員にとっては、労働時間規則と被用者保護権は、労働時間法の規定と概括的労働協約によって具体化されている。




p.312

FDPは党首のギド・ヴェスターヴェレ(Guido Westerwelle)がゲイであることをオープンにしていることからもわかるように、リベラルな政党である
保守のキリスト教民主同盟(CDU)も閉店法の改正に賛成した(独自に「閉店法近代化のための法案」を提出)。

反対は社会民主党(SPD)の左派、労働組合、教会団体。ドイツ労働総同盟のゾンマー会長は、閉店法の改正によって従業員の状況は改善されない、消費は刺激されない、と批判した。
環境問題に関心を抱く「裕福な」市民の支持が多いと見られる「緑の党」は賛成。最終的には、与党SPDのシュレーダー首相、クレメント経済労働省らの「尽力」により、閉店法は改正された。

この両者(シュレーダー&クレメント)は、SPDのなかでは右派に位置づけられ、市場の効率性の考えを取り入れた徹底的な構造改革で「グローバル・スタンダード」に合わせようとする経済政策を志向する立場にあった。99年6月、英ブレア首相とシュレーダー首相の「共同声明=第3の道/新中道」においては、現代の社会民主主義者はサプライ・サイドの政策をとることが必要であるとの認識が示されており、「アングロサクソン新自由主義」の影響がそこに見られた。




p.309

そういえば、シュレーダー氏はかつて「ドイツのブレア」と呼ばれたことがある。また彼が以前州首相として就任したニーダーザクセン州は、フォルクスワーゲン社の最大株主であった。



なお、96年改正法後の調査によると、97-99年にかけて、小売業の売上げは96年の水準を下回った。従業員──とくにフルタイム雇用者は減り、かわりにパートタイム雇用者が増えた、ということだ。


そして96年改正における反対派は、このように主張していた。

閉店時間延長により小規模店が大規模店とのさらに激しい競争に巻き込まれ、大規模店への集中が進行すること、失業率上昇・福祉切り下げによる国内購買力が低下している現状では、改正による売上げ増が期待できないこと、パートタイマー雇用の増大により社会保険加入義務のない労働者の比率が増加し、不安的な雇用が拡大すること、などへの懸念が表明された。




p.305-306

また規制緩和/自由化反対の立場を取るラウ大統領(SPD)は、ドイツ労働総同盟の関連団体ハンス・ベックラー財団の講演で、以下のように述べた。

閉店時間の修正可能性に関する議論は、私は基本的には正しいことだと考えています。しかし、「顧客に便利な」、という1つの視点から見えてくるものすべてが、さらに広い意味で「人間に好ましい」ものではありません。生活の質というのは、買い物できる時間のみに規定されるものではありません。日曜や祝日を保護したり、それにより人間的な生活のための必要条件を作り出すことは、国家の課題なのです。




p.308


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