9月27日に行われたドイツ連邦議会選挙。アンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が得票率27.3%で第1党、キリスト教社会同盟(CSU)の6.5%と合わせて33.8%を獲得した。対する社会民主党(SPD)は23%で改選前と比べ11.2%もダウンした。中道右派・保守政党であるCDU・CSUも、中道左派・社会民主党のSPDほどではないにしても同党への得票率は下がった。
一方、今回の総選挙で躍進したのが、ギド・ヴェスターヴェレ(Guido Westerwelle、b.1961)党首率いる自由民主党(Freie Demokratische Partei、FDP)だ。前回より4.8%も上回り14.6%、戦後最大の議席数を獲得した。これによりメルケル首相は社会民主党・SPDとの大連立を解消し、自民党・FDPと連立を組む。ギド・ヴェスターヴェレ(ウェスターウェレ)党首は外務大臣のポストが有力視されている。
Westerwelle - Regierungsprogramm
[http://www.youtube.com/watch?v=6xjIUlXPpT4:movie]
[Portal Liberal der FDP]
そして──これが重要なのだが、ヴェスターヴェレ自民党党首はゲイであることをオープンにしている政治家であり、連立協議によって、ドイツで初めてゲイの外相が誕生することになる。
Germany Has a Gay Minister -- Yäwn! [Foreign Policy]
FDPの躍進を──ドイツらしくビールを飲みながら──喜び合うヴェスターヴェレ党首(右)と彼のパートナーであるミヒャエル・ムロンツ/Michael Mronz 氏(左)。
「公式の場」でもお似合いの二人。
カナダの『Globe and Mail』の社説によれば、今回のFDPの躍進-支持上昇は現在のドイツの不況にその一因があるのだが、さらにヴェスターヴェレ党首のFDPが、中小企業の経営者・中年のビジネスパーソンといった「ステレオタイプの」支持母体を脱し、30歳以下の若い世代および旧東ドイツ出身者の支持をとりつけたことも大きいと見ている。→ New old liberal party [The Globe and Mail]
キリスト教民主・社会同盟と自由民主党の新政権による「脱原発」政策の見直しも注目されている。
ドイツ総選挙 保守中道政権で原発存続へ [読売新聞]
ドイツは、社民党と緑の党が政権の座にあった2002年、稼働期間が32年に達した原発を順次廃棄する「脱原発」政策を始動させた。これを転換し、稼働期間を延長するというのだ。
背景には、欧州連合(EU)が旗を振る地球温暖化対策を実行する上で、当面、原発に頼らざるを得ないという事情がある。風力など再生可能エネルギーによる肩代わりは、費用対効果の面などで難しいからだ。
欧州では最近、スウェーデンが原発の新規建設方針を打ち出すなど、脱原発政策の転換が始まっている。環境先進国といわれたドイツが加われば、「原発の復権」は大きなうねりになろう。
ただ、『タイム』の記事にもあるように、自由民主党とキリスト教民主・社会同盟との連立に不安材料がないわけではない。両政党とも小さな政府を目指し経済政策を優先することには変わりないのだが、自由民主党(FDP、英語では Free Democratic Party of Germany)はその名の通り「(古典的)自由主義・リベラル」がその政策のモットーであり、もっといえば「リバタリアン」である。CDU・CSU以上の減税、市場原理を唱えるだけではなく、社会的・文化的にも「自由主義」(リベラル)をモチーフにしている──例えばゲイの権利擁護であるとか、そういった点においては左派のSPDや緑の党に近い。一方、CDU/CSUは「キリスト教」が党名に入っているように社会的・文化的には伝統主義的・保守主義である。
A German model for Toryism [Guardian]
Some expect the new German government will continue much as before in terms of policy. The FDP, led by Guido Westerwelle, are libertarian on social issues while the CDU, and especially the CSU (the CDU's sister party, the Christian Social Union of Bavaria), are socially conservative – so there may be some friction there.
またヴェスターヴェレ党首はアメリカ軍核兵器の移転要請するなど、対米協調を重視するメルケル首相の方針との違いも見せている。
イスラエルのメディアもFDP党首の外務大臣就任に懸念を示しているようだ。
Reservations expressed in Israel over next Foreign Minister in Germany [European Jewish Press]
一つはヴェスターヴェレ氏の47歳という若さ──彼は戦後生まれのドイツの新しい世代を代表する人物で、ホロコーストを知らない世代であり、イスラエルに対する同情も、これまでのドイツの政治家と比べてあまり有していないだろうと。さらにかつて2002年に、ドイツ・アラブ協会会長でFDPのユルゲン・メレマン/Jürgen Möllemann元経済相が「反イスラエル的な」立場を表明したこと。このユルゲン・メルマン氏の「事件」については、以前、英語の Wikipedia にも記されていたのを読んだことがあるのだが現在はないようだ*1。代わりに『asyura』が日本語でフォローしている。→ アラブ系議員がイスラエル批判 ドイツ自民党巻き込む「反ユダヤ」騒動 [asyura]
別の見方としてドイツの『シュピーゲル』はギド・ヴェスターヴェレ党首は外務大臣よりも経済・財務大臣のほうが適任ではないか、という意見も紹介している──FDPの外交に関するマニフェストは脆弱であるが、経済政策に関しては説得力・実現力がある、と。
German Foreign Minister Post Should Not Be Bound by Tradition [SPIEGEL]
「ここはドイツだ」
ところで、イギリスを中心にして(アメリカもか)ウェスターウェレ氏の、とある「語録」が話題を呼んでいた。選挙後、BBCの記者が英語でFDP党首に質問・英語での返答を要求したのに対し「申し訳ない、ここはドイツの記者会見場ですよ Es ist Deutschland hier」とドイツ語で返答した。そのやりとりが YouTube に多数アップされて、いちやく英語圏で良くも悪くも有名になった感がある*2。ま、イギリスの記者会見場でフランス人がフランス語を話せといったり、スウェーデン人がスウェーデン語で応答せよ、なんてことは「通常は」ないと思うけどね。
さらに日本語ウィキペディアにもギド・ヴェスターヴェレの語録がいくつか載っていた。いかにもFDPのスタンスらしいなと思うものを選んでおきたい。
- 「カール・マルクスが天国に行ったとは思いません」(2005年4月27日)
- 「我々(FDP)は教会に行かない人にとってのCDUではないし、ポルシェに乗る人にとってのSPDではないし、職業教育を受けた人(=非大学卒)にとっての『緑の党』でもない」(2005年の党大会で)
- 「ドイツが資本主義だという人は、キューバを民主主義だと思うのだろう」(2005年の党大会で)
ギド・ヴェスターヴェレ [ウィキペディア]
欧州最大の国家であるドイツにおいて「真の」自由主義政党が政権入りを果たしたこと。そのことに注目していきたい。
[関連エントリー]
- ドイツ自由民主党党首、ゲイであることをカミングアウト
- ドイツ政局 自由民主党は与党になれるか?
- FDP ヴェスターヴェレへのプレッシャー
- メルケル勝利へ、しかし過半数ならず 独総選挙
- ドイツ総選挙
- ドイツ史上初の「カンツラリン」
- 「大連立」はあるのか? それとも別の連立か? 独総選挙
- 国家の監視と官僚主義的強制から逃れて ドイツ閉店法
- 独政府、「ヘロイン療法」検討中
- ウォルフガング・ベルンハルト ハンサムなコストカッター
- 『大接戦』の時代
- シュレーダー独前首相、自著でブッシュ米大統領を批判
- Berlin may be poor. But it's sexy. ヴォーベレイト市長再選へ
- ヨーロッパで原発再評価
*1:と思ったら、日本語ウィキペディアに彼の「墜落死」も含めて英語版以上に詳しい記事が掲載されていた。