山下範久 編『帝国論』読書中。面白い。
- 作者: 山下範久
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/01/11
- メディア: 単行本
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とくに興味を惹いたのが、鈴木一人”「規制帝国」としてのEU──ポスト国民帝国時代の帝国”。
著者は、まず、現在隆盛を極めている議論──アメリカを中心とした世界秩序に「帝国」のレッテルを貼り、それを批判することが「了解」となっている「帝国論」への判断を、ひとまず留保する。
そして、アメリカのみが帝国として君臨するのではなく、アメリカ帝国と「競合しつつ共存」する帝国も存在するのではないか、と意識してみる──かつてイギリス帝国が世界帝国として覇権を遂げたとき、フランス、ドイツなど「競合しつつ共存」する帝国が存在したように。
確かにアメリカの影響力は強大であるが、既述したように、各国は法的主権を保持しており、アメリカのルールをそのまま受け入れるかどうかは、最終的には各国が判断する。思想としての新自由主義やそれに基づく政策の一般原則などは受け入れられたとしても、具体的なルールは各国がそれぞれの国内制度・手続きを経て決定するものであり、ローカルな状況にあわせてルールを改編する余地は少なからず残されている。
p.53
そこで著者は、統合EUを「規制帝国(regulatory Empier)」として位置づけ、グローバルな市場経済の発展にともなって出現した新たなタイプの「帝国」、もしくは「帝国性」を内包した政治主体として分析していく。
「規制帝国」は何か。
- 自らが実施するさまざまな市場活動の規制を、帝国の領域外諸国に受け入れさせること。
- 「規制帝国」は軍事力などの物質的権力(暴力)を直接行使しない。
- 「規制帝国」の帝国としての影響力の行使は、規制を受ける側が「自発的に」それを受け入れることが前提。
- 自発的な従属国を生み出す規範の普遍性、正当化言説の構築
また、「規制帝国」の概念を使用することで、「中心-準周辺-周辺」の関係が明確になる、と著者は指摘する。それは自律的にルールを決定できるのは「規制帝国」のみであり、従って、
従って、グローバルは市場における「中心」は、常に「規制帝国」の意思決定の中枢を指し、ウォーラーステインのいう「準周辺」に位置するのが、従属国の政府中枢となり、「周辺」に位置するのが従属国の周辺部ということになる。
「準周辺」に位置する従属国の政府中枢は、一方では「中心」である「規制帝国」の中枢が決定するルールを受け入れつつ、「周辺」である従属国の周辺部を支配するため、「周辺」からの不満や攻撃は「準周辺」に集中し、「中心」である「規制帝国」の中枢にまでは届かない。
p.54
欧州各国が、「規制帝国」として、現代世界秩序を形成している状況は、かつての「国民帝国」*1の拡張と崩壊の経験から学んだことに由来する。それは「民族自決権」の概念の強さである。自らが作りだした「国民国家」のイデオロギーによって、欧州は、自らの帝国を滅ぼすことになった経験に由来する。
ここから得られた教訓は何か。それは軍事的・経済的支配ないしは「文明の使命」といった言説だけでは帝国支配は不可能である、ということである。ヨーロッパが自ら生み出した「民族自決」の概念は世界的な基準となり、それ自体を否定して異民族を支配すること自体が国際的に認められなくなったのである。従って、現代における帝国支配のあり方は、軍事力や経済力による制裁をテコにして従属させるのではなく、あくまでも民族自決を尊重し、従属国の国内制度・手続きを通じて、自発的に帝国のルールに従わせることである。
これはアメリカの帝国的行動と比較して見るときわめて対照的である。
p.56
ヨーロッパは様々な分野において基準やルールを制定=規制している。例えば京都議定書に見られる環境問題、「CEマーク」や遺伝子組み換え食品問題に見られる安全性基準、国際会計基準などに見られる金融・会計部門での基準、ISO規格などに見られる国際標準規格など──いずれもアメリカが設定する規制よりもはるかに高いレベルになっている。重要なのは、これらの基準/ルールを軍事力や経済的制裁をちらつかせて従属国に採用させるのではなく、説得と従属国の国内手続きによる受け入れによって実行されていることだ。
さらにまた、欧州は、帝国支配にかかる「コスト」を冷静に意識する──それもアメリカと違うところだ。欧州列強の帝国経営にかかるコストを分析したオブライエンによると、征服のコストは最初予想された額をしばしばはるかに上回った。帝国経営は、結局、帝国中枢からの「富の持ち出し」によってまわなわれたことが明らかになった。
そして納税者の税負担感覚の向上にともない「帝国は儲かるのか」という議論が生まれてくる。「民族の栄光」よりも「納税者の視点」から植民地支配を批判する。「文明の使命」よりも、より安い税金を求めるようになる。
つまり、民主主義が発達したことで、帝国維持のためのコストの最終負担者である納税者が帝国維持に疑問を持つようになったということである。
p.58
そういった過去から学んだ欧州は、したがってその欧州の帝国性は、あくまで「控えめ」になるし、ならざるを得ない。
つまりEUは、かつての「国民帝国」の失敗から、「コスト効率」よく、しかも「民族自決」を尊重した──従属国を逆撫でしない──「規制帝国」として、影響力を行使し帝国的な支配権を形成している、ということだ。
- 作者: 山本有造
- 出版社/メーカー: 名古屋大学出版会
- 発売日: 2003/11/30
- メディア: 単行本
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