現代音楽コーナーで、ルノー・カプソンとゴーティエ・カプソンの兄弟の名前 Renaud et Gautier Capuçon を発見、CDのジャケットに映っている「影」も妙に印象的だったので、そのティエリ・エスケシュの作品集を聴いてみた。
Escaich: Miroir D'Ombres / Vertignes De La Croix
- アーティスト:Escaich,Capucon,Casadesus,Orch Natl De Lille
- 発売日: 2007/03/14
- メディア: CD
ティエリー・エスケシュ/Thierry Escaich は1965年生まれのフランスの作曲家。同時に、オルガニストとしても大活躍している*1。オルガニストにして現代音楽作曲家というとオリヴィエ・メシアンを思い浮かべるが(しかもメシアン同様、エスケシュは宗教的なテーマの作品も書いている)、このアルバムを聴いたところ、エスケシュの音楽は、メシアンというよりもアンリ・デュティユーのような色彩感と構成感が絶妙に組み合わさった作風、という感じだろうか。前衛というよりも「クラシックな」音楽。聴きやすい。
収録曲は、*2
- 影を映す鏡 Miroir d'Ombres - Double Concerto for violin cello & orchestra (2005)
- キリスト磔刑の眩惑 Vertiges de la Croix for orchestra (2004)
- シャコンヌ Chaconne for orchestra (2000)
演奏は、カピュソン兄弟(第1曲)、ポール・ポリヴニック/Paul Polivnick (指揮、第1曲)、井上道義(指揮、第2曲)、ジャン=クロード・カザドゥシュ/Jean-Claude Casadesus (指揮、第3曲)、国立リル管弦楽団/Orchestre National De Lille。
《影を映す鏡》は、ヴァイオリンとチェロの二重協奏曲で、そのタイトルのとおり(ジャケットに作曲家にしてオルガニストの影が映っているように)、「ダブル double」がモチーフになっている。まず、低音のリズムに支えられながら、バッハを思わせる旋律が二つのソロによって奏でられ、超高音の弦楽器や木管、チェレスタ、ピアノのクールな響きが二人を取り囲む。ここは非常に精緻な音作りで、なんだか鏡に吸い込まれるようなゾクゾクした感じをもたらす。
一転、ヴァイオリンとチェロが無窮動な音形を鳴らし、「似たような」旋律を奏でながら、「追跡」(chase)が始まる。ジグザクとした走行、不安に満ちた逃走。ソロの技巧的なパッセージに加え、オーケストラも要所要所で激し、スリリングな音楽が展開する。最初の主題も変形・変奏されながら再・登場する。緊迫する。戦慄する。まるでサスペンス小説を読んでいるかのごとくである。
解説にもあるように、この曲は一種の交響詩のようで(したがってピエール・ブーレーズの《二重の影の対話 Dialogue de l'ombre double》よりも、はるかに「物語性」に富んでいる)、鮮烈なイメージが喚起されるのだ──ルノーとゴーティエの兄弟が、エドガー・アラン・ポーの『ウィリアム・ウィルソン』のごとく、あるいはオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイ』、あるいはウラジミール・ナボコフの『目』、あるいはヘレン・マクロイの『暗い鏡の中に』、そしてマーガレット・ミラーの『狙った獣』(Beast in View)のごとく、追跡し、追跡される……
「つかまえてやる」エヴリンは壁にささやきかけた。「かならず、つかまえてやる」
口のまわりの毛が、憎悪のせいで、長く濃くのびた。
マーガレット・ミラー『狙った獣』(雨沢泰 訳、創元推理文庫) p.130 *3
All, all of a piece throughout:
Thy chase had a beast in view;
Thy wars brought nothing about;
Thy lovers were all untrue.
'Tis well an old age is out,
And time to begin a new.
ジョン・ドライデン/John Dryden 『The Secular Masque』より l. 86-91 (1700) [Wikiquote]
ショッキングな音響から始まる《キリスト磔刑の眩惑》は、ピーテル・パウル・ルーベンスの絵画作品『キリストの降架』にインスピレーションを得たもの。やはり絵画のイメージに準えるように、持続音に支えられながら、音がゆるやかに下降する──すなわち十字架のイメージの音楽化である。そこではチェレスタやピアノが静かに鳴らされ、音楽は、神秘的な雰囲気に支配されている。
と、視点は動き、音も動く。鳥瞰的な視点から、キリストを囲む個々の人物たちへ急速に接近していく──テンポが急速になる。絵画に描かれた登場人物たちの生々しい感情表現を、同時に(立体的に)響かせる。そしてクライマックスを築き、音楽は、バロック時代の荘厳な哀歌/ラメントになる。
《シャコンヌ》も魅力的なサウンドだ。最初はヴァイオリンが祈るような旋律を奏で、様々な音色を持つ楽器が装飾していく静謐な音楽なのだが、次第に盛り上がり、ワルツのようなリズムが登場するにいたり、熱狂的になる。そしてまた静かになる。情熱と冷静が同居した、聴く者を虜にする、実にマジカルな音楽だ。
エスケシュは今後も「クラシック音楽として」聴きたいな、と思った。
[Thierry Escaich]
*1:その凄まじい演奏が YouTube にある → Thierry Escaich, the World's Greatest Modern Organist
*2:フランス語タイトルがわからなかったので『レコード芸術』2008年3月号「海外盤視聴記」の柿市如氏の訳語を参照した。
*3: