デクスター「正義の殺人者」

『ニューズウィーク日本版』の特集「丸ごと１冊海外ドラマ」の付録DVD収録されていた『デクスター／Dexter』の第1話「正義の殺人者」を観た。
いやー、すっごく面白かった。ジェフ・リンジーの原作『デクスター　幼き者への挽歌』はもちろん読むとして、海外版DVDも買おうかと考え中（2008年まで待てないよ！　国内版）。
YouTube には「Showtime」提供のパイロット映像があった。抽象的ながら──だからそこ！──このドラマの雰囲気が十分に味わえる。

Dexter: Morning Routine

ストーリーは「サイコ・キラー」であるデクスター・モーガンが主人公。彼は表向きマイアミ警察殺人課の血痕分析官であるが、実は稀代の殺人鬼であり、自らの「殺人衝動」に忠実に従い、ターゲットを殺し、その血痕を採取しコレクションしている……と書くと、暗くグロテクスなイメージを想像させるが、そうではない。
モーガンは「人当たりの良い」コミカルな人物として描かれる。ドーナツを同僚に配り歩き──ドーナツのように空虚であり──脇の下と背中を汗でびっしょりと濡らしている「ナードな」技術官。「表の」仕事で直面する「ライバルの」シリアル・キラーの「芸術的な仕事」に対しては、まるで美術品を観るかのように感嘆したりする。鑑識現場は、まるで現代アートのインスタレーションのよう。マイアミの陽光に燦々と照らされた「芸術的な死体」は、クリーンで、ワンダフルだ。

一方、裏の、というかデクスターの「本性」が発揮される「オフ」では、一転、精悍な（セクシーな）デクスターと薄汚れた暗い欲望が露にされる。この第１話ではデクスターの「ヒット・リスト」は二人。子供を殺害した聖歌隊の指導者（はっきりと描かれていないが被害少年へ性的暴力を加えている）と猟奇ポルノのアディクトし実際にレイプ殺人を行っている男。両者とも凶悪犯罪人でありながら法の裁きを免れている。

特筆しておきたいのは、デクスターは「正義」に駆られて「社会の敵」を始末しているのではないということだ。「殺したい」という欲望が、まず、ある。殺しに飢えている。彼は子供の頃から犬などの動物を殺してきた「筋金入り」で、殺しの衝動をどうしても抑えきれない人間なのだ。それを知った刑事である養父が、デクスターの欲望を「承認」し、ならばせめて「世の中のため」にそれを役立てようと「掟」を立てた。デクスターはそれに従っているまでだ。むしろ刑事である亡き養父にコントロールされている感じさえする。養父は息子デクスターに、自分の持っている刑事としてのあらゆる知識を教え込み、どうすれば「殺人の証拠」を隠滅させることができるのか、といった「英才教育」を施した。それが現在、「優秀な」血痕分析官としてのデクスターの「表の仕事」に役立っている。一見、ナードな技術職のデクスターであるが、専門家としては実に優秀である。

デクスターはターゲットを捕らえ、彼らが犯した罪を知らしめる。そのため、例えば、聖歌隊の指導者に対しては、墓から掘り起こした子供たちの死体を「処刑」の前に見せる──見ないと瞼を切り落とすぞ、と脅しながら。「お前と違って俺は子供には絶対に手を出さない（Never,Ever kids）」。そして男を裸にし、台に縛りつけ、生きたまま解剖する。嬉々として。
暴力ポルノにアディクトしていた男に対しても同様だ。その証拠（スナッフ・フィルム）をネットで見つけ、「殺してもよい」と判断した後の、ウキウキと「殺しの儀式」を準備するデクスターの嬉しそうなことと言ったら。レイプ殺人犯は、被害女性の写真を見せ付けられ、やはり生きたまま四肢を切断される。「これでネットを汚していた素人監督はいなくなった」とデクスターは自分の「仕事」に満足する。

第１話では、デクスターのターゲットはともに「セックス」に絡んだ、つまり性犯罪者であった。デクスター自身はセックスに興味のない人物として描かれる──彼の欲望はあくまでも「殺し」なのだ。彼はセックスを下品だとさえ思っている（多分、彼にとっては「殺人」が崇高なのだろう）。しかし「普通に」見られるように──これも多分、養父の「教育」によるものだろう──女性と付き合っている。彼女は性暴力・DVの被害者でデクスターにセックスを求めない──それが理由である。

セックスよりも殺しの「欲望」をスタイリッシュに描いた、この新感覚のサスペンスドラマは、むろんデクスターという新手のヒーローによる、ある種の「ライフスタイル・ドラマ」になるであろう。視聴者も、デクスターの持つ殺人という欲望を「承認」し──結果として彼は「正義の味方」になっているのだから──その活躍に胸を躍らすだろう。