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再配分から承認へ ナンシー・フレイザー



ナンシー・フレイザーの『中断された正義』に同性愛に関する記述があったのでメモしておきたい。ナンシー・フレイザーNancy Fraser)は、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチ/New School for Social Research(The New School)政治学社会学教授、フェミニズム研究者である。

中断された正義―「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省察

中断された正義―「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省察


「再配分/承認のジレンマ」について論じた「再配分から承認へ?」で、ひとつの例として、フレイザーは同性愛嫌悪(ホモフォビア)に言及。マルクス主義に依拠する「被搾取階級概念」によれば、プロレタリアートの任務は、単に自分の状況を改善することではなく「労働者階級それ自体を廃止する」ことにある。この場合には「承認」の必要はまったくない。

一方、同性愛者が被る「不公正」は、その検証において、「階級/(再)配分」と別の極にある概念スペクトルが要請されねばならない。「(文化的)承認」だ。
「同性愛の人々」という「集合体のモード」は、社会の文化的評価の構造に基づいて「侮蔑されるセクシュアリティ」なのだとフレイザーは指摘する。

この観点からすると、彼らが被っている不公正は実質的に承認問題である。ゲイとレズビアンの人々は、異性愛主義、もしくは異性愛主義を特権化する権威主義的な規範構築に苦しんでいる。これに付随するのが同性愛の価値を文化的に貶める同性愛嫌悪である。
同性愛者のセクシュアリティはこのように非難され、屈辱、ハラスメント、差別、暴力に曝されると同時に、承認を基本的に阻まれ、法的権利と平等な保護を拒否されている。


実際にゲイやレズビアンの人々は深刻な経済的不利益を被っている。有償労働から急に解雇されたり家族を対象とした社会保障制度の給付金がもらえなかったりする。しかしこれは直接経済的な構造に基づくというより、不公正な文化・価値的構造に由来している。
したがってこの不公正の是正は承認であって再分配ではない。同性愛嫌悪や異性愛主義を克服するためには異性愛主義を特権化し、ゲイやレズビアンの人々への平等な尊敬を拒み、同性愛を正当な性的なあり方だと認知するのを拒否する文化的評価を(その法的ならびに実践的表現と共に)変革する必要がある。


つまり侮蔑されてきたセクシュアリティを再評価し、ゲイとレズビアンの性的特質を積極的に承認することに合意しなければならないのである。




ナンシー・フレイザー『中断された正義―「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省察』(仲正昌樹 監訳、御茶の水書房) p.28-29


フレイザーは、同性愛者が「資本主義社会の階級構造のあらゆるところに<分布>している」ことに着目する。であるならば、それはつまり、ホモフォビア(同性愛嫌悪)は、「階級構造のあらゆるところで<発生>している」とも言えるのではないか。

さらにフレイザーは「注」において、同性愛者が被る差別を、反ユダヤ主義と白人至上主義との対比で、明快に述べる。この部分はとても参考になった。

Justice Interruptus: Critical Reflections on the 経済的構造に直接的に根差している経済的不公正の一例として、同性愛者が、指定された不利なポジションに追いやられ、同性愛者として搾取されることを挙げることができよう。これが同性愛者の今日の現状であるというのを否定することは、彼らが経済的不公正に直面していることを否定することではなく、他の原因に帰着させることを意味する。


一般的に言って、承認の欠如がしばしば(おそらく常に)配分の欠如を伴うのはたしかである。しかし私は敢えて、ここで論じられている精密化された意味での、セクシュアリティの領域における配分の欠如は、究極的に文化構造に由来していると主張したい。


ここでは論点を明確にするために、オリヴァー・クロムウェル・コックスの反ユダヤ主義と白人至上主義の対比を挙げることにしよう。コックスによると、反ユダヤ主義者にとってはユダヤ人の存在そのものが嫌悪の対象であるから、その目標はユダヤ人の搾取ではなく、追放、強制的改宗、あるいは絶滅である。
それに対して、「黒人」という存在は、白人至上主義者から見て、安価な、つまらない労働力を搾取できる対象であり、そのまま──その占めている場所に──放っておいていいのである。ここでのより望ましい目標は、絶滅ではなく搾取である。不当に無視されてきたコックスの著書 Oliver Cromwell Cox, Caste, Class, and Race [New York: Monthly Review Press, 1970]を参照。


現代の同性愛嫌悪は、この観点からすると白人至上主義よりも反ユダヤ主義に類似している。同性愛者を搾取するのではなく絶滅させようとしていると言える。したがって、ホモセクシュアリティの経済的不利益は、より根源的な文化的承認の否定から導き出される帰結ということになる。この点でホモセクシュアリティは、階級の鏡像であると言える。
というのは階級の場合、既に論じたように、ホモセクシュアリティとは逆に、誤承認による「隠れた(および隠れない)損傷」が、それよりも根源的な搾取という不公正から導き出される帰結だからである。




『中断された正義』 p.54-55

[Nancy Fraser]


Redistribution or Recognition: A Philosophical Exchange

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