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黛敏郎≪涅槃交響曲≫




黛敏郎:涅槃交響曲

黛敏郎:涅槃交響曲


黛敏郎(1929-1997)の≪涅槃交響曲≫(Nirvana Symphony for male chorus and orchestra、1958年)を聴いた。今ならこの傑作も《クレスト1000》シリーズで1050円という廉価で手に入るようだ。
演奏は、故・岩城宏之指揮&東京都交響楽団。1995年、デジタル録音。

涅槃は、「さとり」〔証、悟、覚〕と同じ意味である。しかし、ニルヴァーナは「吹き消すこと」「吹き消した状態」という意味だから、煩悩(ぼんのう)の火を吹き消した状態をいう。その意味で、滅とか寂滅とか寂静とか訳された。また、涅槃は如来の死そのものを指す。涅槃仏などはまさに、死を描写したものである。「人間の本能から起こる精神の迷いがなくなった状態」という意味で涅槃寂静といわれる。




涅槃〔ウィキペディア〕

仏教の声明を会場にバラバラに配置された3群の男声合唱団と管弦楽パートで、ホール全体を利用し効果的に演奏される。また、テープ音楽の先駆けとして、梵鐘を打つ音を一度データ解析した上でその音をオーケストラにて再現するという手法も取られている。




涅槃交響曲〔ウィキペディア〕

1958 betrat er mit Nehan kokyokyoku - "Nirvana Symphony" musikalisches Neuland. Besessen von dem Klang der buddhistischen Tempel-Glocken analysierte er die sonoren Töne akustisch und versuchte eine weitgehende Reproduktion hinsichtlich der Tonqualität, dem Volumen und dem Gebrauch von Raumeindrücken in seinem Werk.
Das Resultat war der Gewinn des Otaka Preises im alljährlich stattfindenden Kompositions-Wettbewerb im Jahre 1959.




Mayuzumi Toshirō〔Wikipedia de〕

その後代表作となった涅槃交響曲では、声明を模した男声合唱を取り入れ、さらに鐘の音をNHK電子音楽スタジオで音響スペクトル解析した上オーケストラで再現した。「カンパノロジー・エフェクト」と自ら呼んだこのアイデアは、奇しくも現在フランスの現代音楽シーンの主流を占めるスペクトル楽派の一人トリスタン・ミュライユの管弦楽曲ゴンドワナ」を約20年も先取りするものであった。


しかし黛はその後このカンパノロジー・エフェクトをテープ音楽などでいくつか試みはしたものの、両者の間に直接の交流は行われていない。むしろ従来黛が示していた音響的な興味へのアプローチよりは、この曲を境に内面的な日本的要素への回帰を示した。後には仏教思想、さらに保守的政治思想へと発展した。




黛敏郎〔ウィキペディア〕

けれども、1970年代以後、黛の作品数は減った。


(中略)


確かに日本の音楽界に於いてはリベラルと左翼が強い勢力を保ってきた。そこでいちど「右翼」のレッテルを貼られると、仕事の幅は狭められざるを得なかった。黛の後期の創作を代表し、彼の音楽語法を集大成して、作品数の減少を補って余りある2つのグランド・オペラ、三島の小説による≪金閣寺≫(1976年)と日本神話による≪KOJIKI≫(1993年)は、どちらもヨーロッパからの委嘱だった。前者はベルリン・ドイツ・オペラ、後者はリンツ歌劇場で初演された。しかも両者の日本初演までには時間がかかり、後者のそれは黛の死後になった。そこから、後半生の黛が日本国内で置かれた困難な立場が窺えるかもしれない。
彼は政治的信念を明確に表明したために、音楽家の世界ではそれなりの孤独に耐えなくてはならなかった。




片山杜秀 ナクソス盤『舞楽曼荼羅交響曲』解説より*1

Bugaku Mandala Symphony Rumba Rhapsody

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また、YouTube には、黛敏郎が音楽を担当したジョン・ヒューストン監督&ディノ・デ・ラウレンティス製作による『天地創造』(The Bible: In the Beginning)の予告編フィルムがあった。最先端を行く前衛音楽の技法──日本で最初のミュージック・コンクレート、電子音楽を発表した──を身につけたこの作曲家は、映画音楽の分野でも多大な功績を残している。


The Bible: In the Beginning... - Theatrical Trailer

天地創造(1966) - goo 映画
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≪涅槃交響曲≫作曲時期に一番近い黛敏郎の映画音楽作品は、大藪春彦 原作、須川栄三 監督『野獣死すべし』か。インテリ大学院生、”ローンウルフ”こと伊達邦彦の非情な「完全犯罪」を描いたハードボイルド。アンチ・ヒーロー(反逆児)ものの骨子だろう*2

野獣死すべし [DVD]

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野獣死すべし(1959)(1959) - goo 映画
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帰ってきたソクラテス (新潮文庫)(イエスと釈迦に向って)ソクラテス  僕には何が理解できないって、死んじまったあとに救われるヤツ救われないヤツというあの考え方だ。だってそうだろう、この世の自分こそ、この世で救われないことの当の原因なのに、その自分をわざわざあの世に連れて行ってまで、何で救われることがあるんだろう。
あんなヤツは地獄へ落ちるぞって腹立ちまぎれにせよ、死後こそ天国で楽してやろうって目論むにせよ、死後の差別で今の自分を救おうって考え方は、どう考えて無理があるよ。死後には天国も地獄もありゃしない、しかし無もまた考えられないってはっきり教えて、深く困惑させてやる方がよほど救いになろうってもんさ。譬えで語るのも考えものだよ。




池田晶子「死後にも差別があるなら救いだ」(『帰ってきたソクラテス』より、新潮文庫) p.223

*1:日本作曲家選輯の一枚。ジャケットカヴァーで使用されている絵画、古賀春江の『海』がとても印象的だ

*2:今、書棚を探しているのだが大藪春彦の本がどうしても見つからない。ニコラス・ブレイク桂冠詩人セシル・デイ=ルイスCecil Day-Lewisペンネーム。俳優ダニエル・デイ=ルイスは彼の息子)の『野獣死すべし』は見つかったのだが……