HODGE'S PARROT

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受けてみたい! 「スパイ」講座



ジョー・リバーズはモスクワの二つのスパイ大学で教えていたのである。彼はKGBが対米浸透工作用に養成したエージェントに対してはいつも口酸っぱく説いてきた。最も破滅的で逮捕の原因となる間違いは決して大失態などではなく、ふだん警戒心を怠らぬ事項への実にばかげた「蟻の一穴」式エラーから生じるのだと。




ブライアン・フリーマントル『スパイ教官』(『第五の日に帰って行った男』所収、新庄哲夫 訳、新潮文庫) p.114


というスパイ大学のスパイ教官のお話は、かつてのソビエトでのこと。
ところがアメリカでも「公に」大学でスパイ講座が開かれるようだ。

大学で「スパイ」養成! 米情報機関20億円提供 [iza!(イザ!)]

国土安全保障省など米国の情報機関が大学に資金を提供し、要員の養成に力を入れている。
 計画がスタートした2004年以降、情報機関が大学に提供した資金は1600万ドル(約18億4000万円)。資金は外交事情などの講義のほか中東や南アジアへの語学習得のための特別研究員派遣などに充てられている。


 こうした動きは過去数十年間議論されてきた情報機関と大学の関係のあり方や1960年代に米中央情報局(CIA)が行った学生による教授たちの思想傾向調査などの問題を想起させる。
 だが、21世紀の情報員は世界のどこでも働ける能力が必要になっている。各国の文化、宗教をはじめウルドゥー語やペルシア語、朝鮮語などが不可欠な国際情勢にある。

記事によると、「21世紀の情報機関」はとくに女性とマイノリティの確保を課題としており、そのため、女性とマイノリティの割合が高いカトリック系のトリニティ大が「絶好のスパイ養成場所」と見なされているのだという。

同大の教授陣は情報員となるために必要な講座を開設、報酬を得ている。講座は問題解決力、現代外交史、社会科学研究法などで、修得者には「スパイキャンプ」と呼ばれる夏季の実習、情報機関に興味のある高校生のアテンドなどが義務付けられている。

同大学の講座を受けたある学生は、情報機関だけではなく他の就職活動にも役に立つ内容だった、と感想を述べているそうだ。

トリニティ大学の「インテリジェンス・キャンプ/スパイ・キャンプ」の募集要項2006。

で、2005年度に行われた「スパイキャンプ」の講義スケジュールが以下。楽しそうだ(笑)。

ただ、大学の講座で優秀な成績を取ったからといって……フリーマントルによる『スパイ教官』には、次のようなことが書かれてある。一人の若いロシア人「ポール・ジョンソン」(米国人としての名前=アイデンティティ)が立派な「KGBマン」となれるよう、スパイ教官ジョー・リバーズにアドバイスを求める場面だ。

「……こいつは優秀な電気技術者になる訓練を受けてきた。わがほうの専門家はみんな、最高の成績Aで彼をパスさせた。だから技術者として馬脚を露すことはないだろう。それだけでなく、あらゆる情報アカデミーの試験でもAの成績を収めている。ところが、一度もアメリカへ行ったことがないのだよ。社会生活で犯しがちな過ち、会社の同僚に疑いをかけられるばかげた些細な点をチェックしてくれないか。




フリーマントル『スパイ教官』(第五の日に帰って行った男 (新潮文庫)) p.120

アメリカ人(=リバーズ)は笑みを返しながらロシア語で挨拶した。
「スドラースチェ(こんにちは)」
「ハロー」とジョンソンは英語で答えたが、すぐにかぶせて、「いまの、ちょっと見えすいてませんか」
「いかん。君はアメリカ人になりすましてるんだぞ。スドラースチェと声をかけられたら、ハローと答えれば君はロシア語を知ってたという証拠になる。君は戸惑ったふりをして、それはどういう意味ですかと答えるべきであった。見えすいたトリックじゃないかと反問するのは、君が自信過剰に陥っている証拠だ。自信過剰は危険きわまりない。アメリカ人ってのは──生粋のアメリカ人ってのは──見知らぬ者に対して好奇心が強い。




『スパイ教官』 p.121-122

「……僕はスパイ大学で教える先生方になんど説いたか分らない。生徒に歴代合衆国大統領の名前を暗誦させろ、どの河川がどこの海に流れこむか覚えさせろ、合衆国の全州都を暗記させろ……」リバーズはそこでふたたび口を閉じた。ジョンソンが飲物を持ってきてくれたからである。「歴代合衆国大統領の名前を一人残らず諳んじているんだろうな、君は! 州都もそれですらすらと言えるのじゃないか!」
ジョンソンは、みじめそうにうなずいた。


(中略)


「いいかね、平均的なアメリカ人は、自分が住んでいる州か生まれた州の州都ぐらいなら知ってる。それ以外に二つや三つの州都を覚えているかもしれない。が、五十州の州都名となるとことごとく覚えているわけじゃないのだ。そんなアメリカ人なんていないよ。暗誦する訓練を受けたオウムみたいなやつなら話は別だがね。ま、ばか正直に無理するな。不確かなところをみせるのも大切なことなのだ。人間ってそもそも不確かなものじゃないのかね……」
「ありがとうございます」ロシア人は素直だった。
「まだ終わっちゃいないぞ」リバーズは相手をたしなめた。「アメリカの速度制限は時速五十五マイルだ。アメリカ人なら誰でも知っている。それからシベットはシボレといってフォードなんかじゃない。アメリカでは天下周知の事実だ。五十州の州都名より広く知られている常識なのだよ」




『スパイ教官』 p.125-126


言うまでもなくモスクワの大学で教える「スパイ教官」ジョー・リバーズは「生粋のアメリカ人」である。