ここ(http://d.hatena.ne.jp/h_handai/20040829)の記事にもあるように、東京や大阪ではゲイ・ナイトにオタク系イベントがある。
アキバナイト
http://www.badi.jp/qube/akiba/
アニソン
http://www5c.biglobe.ne.jp/~udon/anison/
そして、「やおい」ではないゲイによる同性愛を扱った同人誌もあるし、日本のゲイ雑誌でも「おたく特集」があったそうだ。
ならば、東浩紀が『動物化するポストモダン』で「オタクにゲイはいない」と書いていることは間違っているし、何より、
オタクにゲイがいないのと同じように、
オタクに現実のペドフィリアがいない
という「理論」は、まったくデタラメもいいところだ。
それと『動物化するポストモダン』のレビューでは書かなかったが、東浩紀の『動物化するポストモダン』における HTML の理解は端的におかしい(もうすでに誰かが言っているだろう)。
それは僕が、かつて CALS が話題になっていたころ、海外の SGML ソフトの評価作業をしたことがあるからだ。まだゴアの「情報ハイウェイー」という言葉が通用していたし、電子マニュアルもインターリーフ社のソフトが広く使われていた。
だいたい SGMLもHTMLもXMLも構造とスタイルの「分離」が特徴だろ。なぜならば、使用する「コンピュータ」の違いが「ある」からこそ、まず「構造」だけを拾って、各々の「環境」で「スタイル」を設定するのだから。
それにマークアップ言語って、DTD があるけど、これってまさしく「ツリー状」なんだよね、「リゾーム」じゃなくて(これが浅田彰だったら、ブーレーズゆずりの「管理された偶然性」みたいな「狡猾」なエクスキューズが入ったかもしれない)。
僕は昔から講談社現代新書は岩波新書よりも好きだったが──だから書くが──こういった「新書」みたいなタイプの書籍においては、間違った情報は、きちんと改めるべきだと思う。