HODGE'S PARROT

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ヴァシリー・プリマコフのチャイコフスキー


Seasons

Seasons

ロシア出身のピアニスト、ヴァシリー・プリマコフ(Vladimir Primakov、b.1979)によるチャイコフスキーの作品集を聴いた。


実は両作品ともじっくりと「鑑賞」したことがなかった。《四季》は有名で人気曲であるが、ピアノを習ったことがある人ならば、だいたいブルグミュラーの次ぐらいに弾かされたことがあると思うので、なんとなく「そういう音楽」というイメージが先行してしまっている。もちろんブルグミュラーは好きだ。今でも「初めて習った短調作品」であるイ短調の《アラベスク》や《タランテラ》のメロディーがくっきりと脳裏に響いてくることがある──子供の頃なので「アラベスク」や「タランテラ」という言葉が何を意味するのかがわからなかったが、その浮遊するシニフィアンが、あるときは縦の三和音に、あるときは横のメロディーラインと結びついて俄然意味を帯び、それが「ザ・アラベスク」や「ザ・タランテラ」となったときの快感の記憶とともに……これが、この音楽が、この響きが《アラベスク》であり《タランテラ》なんだ、と。
そんなことを思い浮かべながら、ヴァシリー・プリマコフの演奏する《四季》を聴いて、とても懐かしくなった。6月の《舟歌》はやっぱり名曲だよな、10月の《秋の歌》の仄暗い「歌」はとても美しいな、そして11月の《トロイカ》の一度聴いたら決して忘れることのない最高に魅力的なメロディー……。
プリマコフの繊細にして絶妙な表現が、また、いい──こういう素晴らしい演奏を聴くと、その素晴らしさの「原因」を何とかして、言い表したくなる。例えば彼がロシア出身だから、と。「……だから、素晴らしいんだ」、という形式を使って。実際は、ヴァシリー・プリマコフは、幼くしてモスクワの音楽院で学んだ後、アメリカのサンタ・バーバラやニューヨークでレッスンを受けている。でもやはり言いたくなる──やっぱりロシア人だから、この情感を表現できるのだろう、と。だって、このチャイコフスキーの《四季》はテクニック・メカニック的には、まったく問題にならないのだから。とするならば、やはり「表現力」──あるいは中村紘子がかつて言った「真のテクニック」──が、この感動の原因となるだろう。だから、たとえ暫定的であるにしても、彼がロシア人……だから素晴らしいんだ、というクリシェで、「この」感動を伝えておきたい。本当にこの《舟歌》は絶品だと思う。

グランド・ソナタと呼ばれるピアノソナタは初めて聴いた──と思う(少なくともディスクはもっていなかった)。著名作曲家のソナタという大曲にしては、あまり演奏されない作品だ。でも、このヴァシリー・プリマコフの演奏を聴いて結構気に入った。第1楽章は、ベートーヴェンソナタ第29番《ハンマークラヴィーア》やブラームスソナタ第1番、あるいはシューマンソナタ第1番の終楽章のように、分厚い和音ではじまって、それがずっと続く。他のチャイコフスキーの音楽を聴いたときに感じるような情感はあまり感じない。構築性あるのみ、という感じ。でも、その主題労作と分厚い和音が──その重低音が、床に置いたスピーカーを通して、まず足を震わせるような「感じ」が──たまらなくいい。しかもその分厚い和音の響きの中に、忘れられないメロディーが鏡に映るがごとくおぼろげに浮かびあがってくる──グレゴリオ聖歌の《怒りの日 Dies irae》のモチーフだ。《四季》では見せ付けなかったワシリー・プリマコフのヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしての側面がすごくわかる。有無を言わせないテクニックで、聴く者に衝撃を与える(与えてきた)、ロシア人のピアニストとして。でも緩徐楽章である第2楽章では《四季》で見せた「表現力」(真のテクニック)で、情感に訴えてくる。第3楽章と第4楽章は、前半楽章の重厚長大さと比べると、重厚ではあるが長大ではない。リズミカルで、なんだかシューマンの音楽のよう。プリマコフは一気呵成に弾ききって、それが爽快だった。だから、このチャイコフスキーのあまり演奏されない音楽も、結構気に入った。


ところで、このヴァシリー・プリマコフというピアニスト。テクニックは抜群で表現力も素晴らしいものを持っている──それは《四季》と《グランドソナタ》の演奏によって証明された。ただ、僕がこのピアニストのディスクを聴こうと思ったのは、彼のヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしての評判を知ったから、聴いてみたくなった……わけではない。チャイコフスキーの《四季》とピアノソナタが聴きたかったから、でもない。それは……上記のCDのカヴァーでもわかると思うが、裏側のジャケットをみると、もっとはっきりとわかる──グッチかプラダの服を着て、耳にはピアス、茶色の皮の手袋をしたヴァシリー・プリマコフが、まるでファッションモデルのようだったから。だから……このディスクを聴きたくなった。結果として、素晴らしい音楽に出会えた。そういうものだ。