HODGE'S PARROT

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ミトロプーロスとロイプケのピアノソナタ



久しぶりにディミトリ・ミトロプーロス作曲のピアノソナタを聴いてみた。フランスのダンテ・レーベルから出ていたジェフリー・ダグラス・マッジ/Geoffrey Douglas Madge による演奏で、これが初めての全曲演奏のレコーディングであった(DANTE PSG9010)。現在では残念ながら入手できないようだ。

Reubke/Mitropoulos: Sonates


指揮者としての存在があまりにも大きいため、作曲家としてのミトロプーロスには、ほとんどスポットライトがあたらない。とても残念なことだと思う。マッジ盤の解説によれば、ミトロプーロスは45曲の作品を残したという。
その中には、コンスタンディノス・カヴァフィス(Constantine P. Cavafy、1863 -1933)の詩による連作歌曲集《Ten Inventions》があり、これは機会があればぜひ聴いてみたい楽曲だ(イアン・ボストリッジあたりが取り上げてくれないかな、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの作品も録音していることだし)。

「きみはカヴァフィスという詩人を知ってるかい?」わたしは知らないと答えた。「ギリシャの詩人さ。そして同性愛者でもあった。彼はね、身を持ち崩して人生に倦んだある若い男が、別の都市へ行って新規まき直しをはかろうとする詩を書いたんだ。だがその詩人がいうには、どこへ行っても無駄なんだそうだ。ある場所で彼の人生が廃墟になったからには、どこへ行っても待っているのは廃墟ばかりなんだとね」




マイケル・ナーヴァ『このささやかな眠り』(柿沼瑛子 訳、創元推理文庫) p.68 *1

The Adventures of Constantine Cavafy

The Adventures of Constantine Cavafy

わたしは自分の車に戻った。ネクタイをゆるめ、シャツをまくりあげ、上着を後部座席に放り投げる。運転席には今朝買ってきた本が置いてあった。『C.P.カヴァフィス詩集』──サンフランシスコでのあの遠い夏の夕べに、ヒューが教えてくれた詩人だった。わたしは腕時計に目を落とした。すでに一時近い。テリー・オルメスと昼食を約束したレストランへ行くべき時間だった。わたしはその本を取りあげた。書店でぱらぱらとめくっているときに目にとまった詩があった。わたしは声に出してそれを読んだ。


家々、繁華街、隣近所の家並み
長い年月のあいだわたしが歩きつくし、眺めつくしたきたきみ
喜びにつけ悲しみにつけ、わたしは心に刻んだ
あまりに多くの状況を
そしてついにきみはわたしの感覚のすべてになったのだよ


それらの言葉には、まるで宗教的韻律のような、ほとんど祈りに近い響きがあった。




マイケル・ナーヴァ『このささやかな眠り』 p.213-214

カヴァフィス全詩集

カヴァフィス全詩集

カヴァフィス 詩と生涯

カヴァフィス 詩と生涯

Before Time Could Change Them: The Complete Poems of Constantine P. Cavafy

Before Time Could Change Them: The Complete Poems of Constantine P. Cavafy

  • 作者: Constantine P. Cavafy,Gore Vidal,Theoharis Constantine Theoharis
  • 出版社/メーカー: Houghton Mifflin Harcourt
  • 発売日: 2001/04/01
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他にも、モーリス・メーテルランク(メーテルリンク)のリブレットによるオペラ《修道女ベアトリス Soeur Béatrice》や、ソポクレスの《エレクトラ Electra》やエウリピデスの《ヒッポリュトス Hippolytos》といったギリシア悲劇の付随音楽があり、とても興味を惹かれる。

ピアノソナタ(Eine Griechische Sonate)は1920年に作曲されたもので、40分を超える大曲であるが、形式は古典的な四楽章で主題(モチーフ)も明快で変化に富んでおり意外に聴きやすい。もちろんプロコフィエフばりにモダンで、ピアニスティックで、重厚な低音の響きがたまらない。凄くいい。マッジの演奏もいいが、ここはアムランあたりに──あるいは腕に自身のある若手ピアニストに──録音して欲しいところ。
もっと作曲家ミトロプーロスを!

Priest of Music: The Life of Dimitri Mitropoulos (Amadeus)

Priest of Music: The Life of Dimitri Mitropoulos (Amadeus)


カップリングされているユリウス・ロイプケ(Julius Reubke、1834 - 1858)のピアノソナタも聴き応えがある。彼が師事したフランツ・リストロ短調ソナタと似ているが、ロイプケの作品は、より重々しく、より悲愴な感じがする。それは彼がオルガニストであったことと、結核によって早死にしたという「事実の情報」によって、そのように捉えてしまうこともあるだろうが、しかし「実際に」重々しく暗い作品であることが──そのように感じさせてくれることが──何よりも、このドイツの作曲家の音楽の魅力であることを僕は疑わない。この重々しさ、悲劇的な暗さが、たまらない。まさしくロマンティックだ。

*1:このマイケル・ナーヴァ(Michael Nava、b.1954 -)のミステリは、ヒスパニック系のゲイの弁護士ヘンリー・リオスが活躍するシリーズの第一作で、コンスタンディノスペトルゥ・カヴァフィスの詩がストーリーの中で重要や役割を果たしている。

このささやかな眠り (創元推理文庫)

このささやかな眠り (創元推理文庫)