HODGE'S PARROT

はてなダイアリーから移行しました。まだ未整理中。

エルガー 《ゲロンティアスの夢》



エドワード・エルガー(Edward Elgar、1857 - 1934)の《ゲロンティアスの夢》(The Dream of Gerontius、1900) Op.38 を聴いた。死の床にある男の魂の遍歴/神への遭遇/浄化を描いたエルガー畢生の大作だ。

Dream of Gerontius

Dream of Gerontius

  • アーティスト: Edward Elgar,David Hill,Sarah Fryer,Bournemouth Symphony Orchestra,William Kendall,Bournemouth Symphony Chorus,Waynflete Singers
  • 出版社/メーカー: Naxos
  • 発売日: 1997/08/05
  • メディア: CD
  • クリック: 2回
  • この商品を含むブログ (1件) を見る


《ゲロンティアスの夢》は、イギリスの詩人ジョン・ヘンリー・ニューマン(John Henry Cardinal Newman)の同名詩がテクストに使われている。ニューマンは英国国教会の聖職者からローマ・カトリックに改宗し、後に枢機卿になった人物だ。

ニューマンのテクストは以下で読むことができる。

[The Dream of Gerontius]

 

そしてエルガーも、カトリックに改宗した母親によって、洗礼を受けカトリック教徒として育てられた。カトリックのイギリス人というのは、エルガーについて語るうえで、もう少し注目しても良いのではないかと思う。
この《ゲロンティアスの夢》でも、天使や悪魔がありありと登場し、チェロ協奏曲や「ジンゴイストをイメージさせる」《威風堂々》とはまた違った雰囲気の音楽が味わえる──もっとも、チェロ協奏曲の「秘めた情熱」や《威風堂々》の「熱狂」もある種の宗教性を帯びたものであるとも言えないこともないが。


楽曲は以下から構成される。

第1部

第2部

  • 私は眠りについた
  • あれは感嘆すべき方々からなる一族の一人
  • しかし、聞け! 私の意識に
  • あれらの悪霊は見えません
  • しかし、聞け! 神秘で壮大なハーモニーを
  • 汝に裁きが下りようとしている
  • 私は裁き主の前に進む
  • やさしく、おだやかに


圧倒的なドラマに打ちのめされる。それが正直な感想だ。なにか凄い体験をしたとしか言いようがない。音楽的には、とくに悪魔(デーモン)が登場する第二部が聴き応えがあるのだが、それはここがフーガになっているからだ。悪魔に対して西洋音楽最高の技法であるフーガが採用される──これは悪魔の存在を決して軽視していないからではないか。
この悪魔をやり過ごして、ゲロンティアスの魂は、天使に導かれて裁き主の前に進むのだが……なんというか、ここは本当に「法悦」(エクスタシー)を表している。音楽がこれほど「具体性」を持つのだろうか、と思うくらい。

       ・・・ Praise to His Name!



O happy, suffering soul! for it is safe,
Consumed, yet quicken'd, by the glance of God.
Alleluia! Praise to His Name!




The Dream of Gerontius

かつてのわれは華やかなる日々を愛し、内心戦きつつも、
わが思いは傲りに溺れたり。主よ、わが過去を忘れ給え。



御力により、われ長き歳月に恵まれ今にいたる、──この後も、
なお、主の導きにより生き続けん。
深き沼と沢をこえ、険しき山と滝をこえ、
夜の明くるまで、主の導きあるを信ず。
曙きたれば、かつてわが久しく愛し、しばし見失いたる
親しき者たち、天使の如き笑みを浮かべ、われ迎えん。




ジョン・ヘンリ・ニューマン《導き給え、光なる主よ》
『イギリス名詩選 平井正穂偏』(岩波文庫)より p.229-230

〔信仰の問題については〕さまざまな経験(最後の経験は勿論自分自身の死だ)を積み重ねることによって、少しずつ何かが分ってくる。そして、なぜあのイギリス人たちが、あの西欧の人たちが、「贖罪」とか「原罪」とか等々にあれほど拘泥したのか、なぜああいう凄まじい論理を考えざるをえなかったのか、──そういう事態のずっと根底にある、「なま」の人間としての生きざまの姿がおぼろげに見えてくる。
彼らも生き、愛し、考え、苦しみ、喜び、そして死んでいった、──われわれと同じように。彼らにとって、神は常におぼろげに感じられていたにすぎない、──われわれと同じように。





平井正穂『イギリス名詩選 (岩波文庫)』「はしがき」より


いちおうこのCDの演奏者を記しておこう。
ウィリアム・ケンダム(テノール、ゲロンティアス)、セーラ・フライヤー(メゾ・ソプラノ、天使)、マシュー・ベスト(バス・バリトン、僧侶、苦悩の天使)
ボーンマス・シンフォニー・コーラス、ウエインフリート・シンガーズ
デーヴィッド・ヒル指揮、ボーンマス交響楽団


それとCDカヴァーの絵が気に入ったのだが、検索しても画家の情報がつかめなかった。ジャケットによると、
On Angel's Wings by William List (1864-1918) (Archiv für Kunst und Geshichte. Berlin) なのだが。