HODGE'S PARROT

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ソニック・ステージ、デッカ・サウンド

円盤には魔物が棲んでいる、と言いたくなるほど、ここのところアナログ・レコードに嵌っている。
今回はアシュケナージラフマニノフカラヤンホルスト『惑星』のLPを購入。さっそく聴いてみて、その「サウンド」に魅了された。レーベルは、どちらもロンドン・レーベル(英デッカ)のものだ。

まずはウラディーミル・アシュケナージの18番であるラフマニノフのピアノ協奏曲第二番。彼はこの曲を三度録音しているが、これは一番最初のもの。1963年録音で、このときピアニストは26歳。バックはキリル・コンドラシン指揮、モスクワフィルハーモニー管弦楽団

まさに栴檀は双葉より芳し。なによりピアノがとても美しい。ラフマニノフの音楽は──やろうと思えば──いくらでも技巧を誇示でき、いくらでも甘ったるく弾き崩すことができるのだが、若きアシュケナージのアプローチは端整そのもの。ときにリリック、ときにシャープにピアノを響かせる。超絶技巧の曲どころか、非常にナイーブな音楽に聴こえる──それほどアシュケナージの技巧が冴えているのだ。
アシュケナージは手が小さいので、冒頭の和音をバラしているが、それがまたなんともいえないニュアンスを生んでいる。そしてアシュケナージのその絶妙なピアノタッチが、このLPの「優れた録音」によって、とてもよく伝わってくる。


もう一枚。カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による、ホルスト組曲『惑星』。1961年の録音であるが、この超大規模編成の音楽が、見事に再演されている。
レコードのタスキの文句も「煽る」。曰く

帝王カラヤンの壮麗深遠な世界! これぞ今日の「惑星」ブームの火つけとなった名盤!

さらに注目すべきは、録音技術についての「煽り」。曰く

最高の音質を誇るFFSS録音(全可聴周波数帯域ステレオ・サウンド)+スペシャル・ハイ・パワー・カッティング
①重低音からよく伸びた高音までの広い周波数レンジ
②低歪率と高SN比で透明感、分離感に富む
③明解で歯切れの良いすぐれた過渡特性
④高いカッティング・レベルによる迫力にみちたスケール感

もちろん、両「煽り」とも、嘘偽りはない。このイギリスの作曲家の本質的にスペクタクルな音楽が、カラヤン&VPOによって、まるで深遠なドイツ音楽のように、そう、まるでブルックナーの音楽のように壮麗に聴こえるからだ。
録音に関してもそうだ。全体的に弦の重厚さ、スケール感は迫力もの。また「金星」や「海王星」の弱音のニュアンスも明解に聞き取れる。さすがだ。

この英デッカ(DECCA)のサウンド・ポリシー&録音技術について少し触れておきたい。僕はデッカの「サウンド」がとても好きで、デッカ系のアーティスト──アシュケナージ、ルプー、シフ、アンセルメショルティデュトワ、ドホナーニなど──を好んで聴くのも、その録音技術が関係していると思う。

デッカの録音については、音楽之友社の本『クラシック・ディスク・ファイル』に収録されている、歌崎和彦「黄金期のデッカ・サウンド」という記事がコンパクトにまとまっている。
それによると、英デッカ社はSP時代の1929年に誕生、その録音の良さは、戦前の日本でも定評があったという。

さらにその記事で興味を惹いたのは、戦争との関わり合いだ。第二次世界大戦中、デッカ社は、英国海軍の依頼で「ドイツ潜水艦のエンジン音を水中で聴き分けるための訓練用レコード」を製作していた。そして戦後は、そのノウハウを生かして、「ffrr(full frequency range recordhing 全帯域録音)」を発表、レコード・ファンを驚かせた。つまり、デッカの歪のない分離感に富んだサウンドは、敵潜水艦のエンジン音を特定する技術(ART)から生まれたわけだ。

こういった「技術」を持っているデッカ社に、のちの名プロデューサーであるジョン・カルショウが入社する。そして歴史的名盤と言われるショルティ指揮ウィーン・フィルによるワーグナーの『ニーベルングの指輪』がリリースされ、一世を風靡する。

デッカはさらに、「ffss(full frequency stereophonic sound)」という「技術」を掲げ、演奏会とは別の「コンサート・プレゼンス」を追求、実際の舞台以上に生々しい音響空間をつくりだそうとした。それが「ソニック・ステージ」と呼ばれるデッカ・サウンドのポリシーである。

ソニック・ステージ”に代表されるように、ジョン・カルショウがレコードに求めたものは、コンサートやオペラハウスで聴いたり見たりするものとはまた別のリアリティをもつ音響空間であり、芸術であったといってよいだろう。


歌崎和彦「黄金期のデッカ・サウンド

そう。デッカの「録音それ自体」が「思想」であり「芸術(ART)」だと思う。


ラフマニノフ:P協奏曲第2番

ラフマニノフ:P協奏曲第2番