代数整数論 素イデアル分解 | Z.ai Chat - Free AI powered by GLM-4.6 & GLM-4.5
## 素イデアル分解:代数的整数論の核心概念を例で徹底解説
代数的整数論における「素イデアル分解」は、整数の素因数分解を一般化した、環の構造を理解するための**最も重要な概念の一つ**です。通常の整数環 `Z` では素因数分解の一意性が成り立ちますが、より一般的な「代数的整数環」では、**要素のレベルでは一意性が崩れる**ことがあります。この問題を解決するために、「イデアル」という集合を考え、その「素イデアル」への分解を考えるのです。
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### 1. なぜ素イデアル分解が必要なのか? - 動機と背景
* **整数環 `Z` の成功例:**
* 任意の非零整数 `n` は、素数 `p₁, p₂, ..., p_k` を用いて `n = ± p₁^{e₁} p₂^{e₂} ... p_k^{e_k}` と**一意的**に素因数分解できます。
* この一意性は、`Z` が「ユークリッド整域」(したがって「単項イデアル整域」、さらに「一意分解整域」)であることから保証されます。
* **代数的整数環での問題:**
* 例えば、`α = √-5` とし、環 `Z[√-5] = {a + b√-5 | a, b ∈ Z}` を考えます。これは「2次体 `Q(√-5)` の整数環」です。
* 要素 `6` の分解を考えてみましょう:
* `6 = 2 × 3`
* `6 = (1 + √-5) × (1 - √-5)`
* これらの分解に現れる要素 `2, 3, 1+√-5, 1-√-5` は、どれも `Z[√-5]` において**既約**(これ以上自明でない因数に分解できない)です。しかし、明らかに異なる分解です。**要素のレベルでの素因数分解の一意性が崩れています!**
* この環 `Z[√-5]` は「一意分解整域」ではありません。
* **解決策:イデアルへの移行**
* この問題を克服するため、ドイツの数学者デデキントは、**要素そのものではなく、要素が生成する「イデアル」という集合**に着目しました。
* イデアル `I` とは、環 `R` の部分集合で、任意の `a, b ∈ I` と `r ∈ R` に対して `a + b ∈ I` かつ `ra ∈ I` を満たすものです。特に、要素 `a` が生成する主イデアル `(a) = {ra | r ∈ R}` は重要です。
* **素イデアル分解の主定理:** デデキント整域(後述)と呼ばれるクラスの環では、**任意の非零イデアルは、素イデアルの積として(順序を除いて)一意的に分解できる**のです。
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### 2. 重要な概念の整理
* **デデキント整域 (Dedekind Domain):** 素イデアル分解の一意性が保証される環のクラス。以下の性質を持つ整域 `R` を指します。
1. **ノether環:** 任意のイデアルが有限生成(昇鎖条件が成り立つ)。
2. **整閉 (Integrally Closed):** `R` の分数体 `K` に属し、`R` 上整(`R` 上のモニック多項式の根)である元は、必ず `R` に属する。
3. **次元 1 (Krull Dimension 1):** 任意の非零素イデアルは極大イデアルである(つまり、`R/P` が体になる)。
* **重要な例:** `Z`、体 `K` の有限次代数拡大 `L` の整数環 `O_L` は、すべてデデキント整域です。`Z[√-5]` も `Q(√-5)` の整数環なのでデデキント整域です。
* **素イデアル (Prime Ideal):** 環 `R` のイデアル `P` で、`P ≠ R` であり、かつ `ab ∈ P` ならば `a ∈ P` または `b ∈ P` が成り立つもの。デデキント整域では、非零素イデアルは**極大イデアル**でもあります。
* **イデアルの積:** イデアル `I` と `J` の積 `IJ` は、`{Σ i_k j_k | i_k ∈ I, j_k ∈ J, 有限和}` で定義されるイデアルです。これは `I` と `J` の元のすべての有限和の集合です。`IJ` は `I ∩ J` を含みますが、一般に等しくはありません。
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### 3. 具体例:`Z[√-5]` における `6` のイデアル分解
さて、問題の環 `R = Z[√-5] = {a + b√-5 | a, b ∈ Z}` に戻りましょう。これは `Q(√-5)` の整数環であり、デデキント整域です。要素 `6` が生成する主イデアル `(6)` を、素イデアルの積に分解してみます。
#### ステップ1:ノルムを利用した候補の絞り込み
* **ノルム (Norm):** 元 `α = a + b√-5 ∈ R` のノルムを `N(α) = α * σ(α) = (a + b√-5)(a - b√-5) = a² + 5b²` と定義します(`σ` は `Q(√-5)` の非自明な自己同型写像)。
* `N(α)` は常に非負整数です。
* `N(αβ) = N(α)N(β)` が成り立ちます(乗法的)。
* `α` が `R` の単元(可逆元)である必要十分条件は `N(α) = 1` です(`±1` のみ)。
* **イデアルのノルム:** イデアル `I` のノルム `N(I)` を、剰余環 `R/I` の元の個数(有限であることがデデキント整域で保証される)と定義します。主イデアル `(α)` に対しては `N*1 = |N(α)|` が成り立ちます。
* **分解のヒント:** `(6)` を素イデアル `P₁, ..., P_k` の積に分解したとします:`(6) = P₁^{e₁} P₂^{e₂} ... P_k^{e_k}`。ノルムの乗法性より:
`N*2 = |N(6)| = 6² + 5*0² = 36`
`N(P₁^{e₁} ... P_k^{e_k}) = N(P₁)^{e₁} ... N(P_k)^{e_k}`
よって、`N(P_i)^{e_i}` の積が `36` になる必要があります。`P_i` は素イデアルなので、`R/P_i` は体(有限体)です。その位数 `N(P_i)` は素数のべき乗 `p^f` になります(`p` は `Z` の素数、`f` は次数)。したがって、`N(P_i)` は `2, 3, 4, 6, 9, 12, 18, 36` のいずれかの約数(素数べき)である可能性があります。
#### ステップ2:素数 `2` と `3` の上での振る舞いを調べる
`Z[√-5]` のイデアルを調べるには、`Z` の素数 `p` が `R` の中でどのように「分解」されるかを見るのが一般的です。これは `p` が生成するイデアル `(p)` の素イデアル分解を求めることに相当します。
* **`p = 2` の場合:**
* `(2)` を分解したい。`x² + 5 ≡ 0 (mod 2)` を解くと `x² ≡ 1 (mod 2)` なので、解 `x ≡ 1 (mod 2)` があります。これは `2` が `R` で「分岐」または「分解」する可能性を示唆します。
* イデアル `(2, 1 + √-5)` を考えます。これは `2` と `1 + √-5` で生成されるイデアルです。
* **`P₂ = (2, 1 + √-5)` が素イデアルであることの確認:**
* `R / P₂` を考えます。`R = Z[√-5]` なので、`√-5` を `x` と置くと `R ≅ Z[x]/(x² + 5)`。
* `P₂ = (2, 1 + x)` なので、`R / P₂ ≅ (Z[x]/(x² + 5)) / (2, 1 + x) ≅ Z[x] / (2, 1 + x, x² + 5)`
* `(2, 1 + x)` で割ると `x ≡ -1 (mod 2)` なので、`x² + 5 ≡ (-1)² + 5 = 6 ≡ 0 (mod 2)`。したがって `(2, 1 + x, x² + 5) = (2, 1 + x)`。
* `Z[x] / (2, 1 + x) ≅ (Z/2Z)[x] / (1 + x) ≅ Z/2Z`(`1 + x = 0` なので `x = -1 ≡ 1` と定まる)。
* `R / P₂ ≅ Z/2Z` は体なので、`P₂` は**極大イデアル**、したがって**素イデアル**です。
* **ノルムの計算:** `N(P₂) = |R / P₂| = |Z/2Z| = 2`。
* **`(2)` の分解:** 実は `(2) = P₂² = (2, 1 + √-5)²` となることが計算で示せます(後述)。
* **`p = 3` の場合:**
* `(3)` を分解したい。`x² + 5 ≡ 0 (mod 3)` を解くと `x² ≡ 1 (mod 3)` なので、解 `x ≡ 1, 2 (mod 3)` があります。
* イデアル `P₃ = (3, 1 + √-5)` と `P₃' = (3, 1 - √-5)`(または `(3, 2 + √-5)` など)を考えます。
* **`P₃ = (3, 1 + √-5)` が素イデアルであることの確認:**
* `R / P₃ ≅ Z[x] / (3, 1 + x, x² + 5)`
* `(3, 1 + x)` で割ると `x ≡ -1 (mod 3)` なので、`x² + 5 ≡ (-1)² + 5 = 6 ≡ 0 (mod 3)`。したがって `(3, 1 + x, x² + 5) = (3, 1 + x)`。
* `Z[x] / (3, 1 + x) ≅ (Z/3Z)[x] / (1 + x) ≅ Z/3Z`(`x = -1 ≡ 2` と定まる)。
* `R / P₃ ≅ Z/3Z` は体なので、`P₃` は**極大イデアル**、したがって**素イデアル**です。
* **ノルムの計算:** `N(P₃) = |R / P₃| = |Z/3Z| = 3`。
* 同様に `P₃' = (3, 1 - √-5)` も素イデアルで `N(P₃') = 3` です。
* **`(3)` の分解:** 実は `(3) = P₃ P₃' = (3, 1 + √-5)(3, 1 - √-5)` となることが計算で示せます(後述)。`P₃` と `P₃'` は異なるイデアルです(例えば `1 + √-5 ∈ P₃` だが `1 + √-5 ∉ P₃'`)。
#### ステップ3:`(6)` の素イデアル分解を構成
* `(6) = (2)(3)` です。
* ステップ2で得た分解を代入:
`(6) = (2)(3) = P₂² * (P₃ P₃') = P₂² P₃ P₃'`
* これが `(6)` の素イデアル分解です!
* `P₂ = (2, 1 + √-5)`
* `P₃ = (3, 1 + √-5)`
* `P₃' = (3, 1 - √-5)`
* **ノルムによる検算:**
`N*3 = 36`
`N(P₂² P₃ P₃') = N(P₂)² * N(P₃) * N(P₃') = 2² * 3 * 3 = 4 * 3 * 3 = 36` ✅
#### ステップ4:分解の「一意性」と要素分解との関係
* **一意性:** この分解 `P₂² P₃ P₃'` は、順序と単数倍(ここでは `±1`)を除いて一意的です。他に `(6)` を素イデアルの積に分解する方法はありません。
* **要素分解との対応:** 要素レベルでの2つの分解 `6 = 2 × 3` と `6 = (1 + √-5)(1 - √-5)` は、このイデアル分解にどう対応するのでしょうか?
* `(2) = P₂²` なので、要素 `2` は「素イデアル `P₂` の2乗」に対応します。
* `(3) = P₃ P₃'` なので、要素 `3` は「異なる素イデアル `P₃` と `P₃'` の積」に対応します。
* `(1 + √-5)` は何に対応する? `N(1 + √-5) = 1² + 5*1² = 6`。したがって `N*4 = 6`。
* `P₂ P₃ = (2, 1 + √-5)(3, 1 + √-5)` を計算してみましょう(イデアルの積は生成元のすべての積の和で生成される):
生成元の積: `2*3=6`, `2*(1+√-5)=2+2√-5`, `(1+√-5)*3=3+3√-5`, `(1+√-5)(1+√-5)=1 + 2√-5 -5 = -4 + 2√-5`
これらの `R`-線形結合全体が `P₂ P₃`。特に `6, 2+2√-5, 3+3√-5, -4+2√-5` を含む。
実は `(1 + √-5)` は `P₂ P₃` に含まれるか? `1 + √-5 = (3+3√-5) - (2+2√-5) + (-4+2√-5) + ...` と表現できる? 実際、計算すると `(1 + √-5) ∈ P₂ P₃` が示せます。
逆に `P₂ P₃` の任意の元は `(1 + √-5)` で割り切れるか? 例えば `6 = (1 + √-5)(1 - √-5)` なので割り切れる。他の生成元も同様。結局 `(1 + √-5) = P₂ P₃` となります!
* 同様に `(1 - √-5) = P₂ P₃'` となります(`N(1 - √-5) = 6` で、計算で確認可能)。
* **対応関係のまとめ:**
| 要素の分解 | 生成する主イデアル | 素イデアル分解 |
| :---------- | :------------------ | :---------------- |
| `6 = 2 × 3` | `(6) = (2)(3)` | `P₂² * (P₃ P₃')` |
| `6 = (1 + √-5) × (1 - √-5)` | `(6) = (1 + √-5)(1 - √-5)` | `(P₂ P₃) * (P₂ P₃') = P₂² P₃ P₃'` |
要素レベルでは異なる分解に見えますが、**イデアルのレベルでは全く同じ素イデアルの積 `P₂² P₃ P₃'` に対応している**ことがわかります!これが素イデアル分解の力です。要素の分解の「非一意性」は、イデアルの分解の「一意性」の中に吸収され、統一的に理解されるのです。
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### 4. 一般のデデキント整域での素イデアル分解
デデキント整域 `R` とその分数体 `K`、`K` の有限次分離拡大 `L`、`L` の整数環 `S = O_L`(`S` もデデキント整域)を考えます。`R` の非零素イデアル `𝔭` が `S` でどのように分解されるかを見るのが基本的です。
#### 分解の型
`𝔭S`(`𝔭` が `S` で生成するイデアル)は、`S` の素イデアルの積に分解されます:
`𝔭S = 𝔓₁^{e₁} 𝔓₂^{e₂} ... 𝔓_g^{e_g}`
ここで、
* `𝔓₁, 𝔓₂, ..., 𝔓_g`:`S` の**異なる**素イデアル(`𝔭` の上にある素イデアル)。
* `e₁, e₂, ..., e_g`:**分岐指数 (Ramification Index)**。`e_i ≥ 1`。
* `f_i = [S/𝔓_i : R/𝔭]`:**残差次数 (Residue Degree)**。`f_i ≥ 1`。
#### 基本関係式
`[L : K] = Σ_{i=1}^g e_i f_i`
これは `L` の `K` 上の次数が、`𝔭` の分解の仕方によってどう決まるかを示す重要な式です。
#### 分解の型の分類
`𝔭` の分解の仕方は主に3つの型に分類されます:
1. **惰性 (Inert):**
* `g = 1`, `e₁ = 1`, `f₁ = [L : K]`
* `𝔭S = 𝔓`(`𝔓` は `S` の素イデアル)。
* `𝔭` は `S` で「そのまま」素イデアルに残る。
* 例:`R = Z`, `K = Q`, `L = Q(i)`, `S = Z[i]`。`𝔭 = (3)`。
* `x² + 1 ≡ 0 (mod 3)` は解を持たない(`0²≡0, 1²≡1, 2²≡4≡1`)。
* `(3)` は `Z[i]` で素イデアルのまま。`N*5 = 9 = 3²` なので `f₁ = 2`。`[L:K]=2` なので `e₁=1, g=1` となり惰性。
2. **分解 (Split Completely):**
* `g = [L : K]`, `e_i = 1`, `f_i = 1` for all `i`.
* `𝔭S = 𝔓₁ 𝔓₂ ... 𝔓_{[L:K]}`
* `𝔭` は `S` で `[L:K]` 個の異なる素イデアルに「完全に分解」される。
* 例:`R = Z`, `K = Q`, `L = Q(i)`, `S = Z[i]`。`𝔭 = (5)`。
* `x² + 1 ≡ 0 (mod 5)` は解 `x ≡ 2, 3 (mod 5)` を持つ。
* `(5) = (5, 2+i)(5, 2-i) = (2+i)(2-i)`(`N(2±i)=4+1=5` なので主イデアル)。
* `g=2`, `e₁=e₂=1`, `f₁=f₂=1`(`S/𝔓_i ≅ Z/5Z`)。`[L:K]=2` なので完全分解。
3. **分岐 (Ramified):**
* ある `i` について `e_i > 1`。
* `𝔭` は `S` で「分岐する」。
* 例:`R = Z`, `K = Q`, `L = Q(i)`, `S = Z[i]`。`𝔭 = (2)`。
* `x² + 1 ≡ 0 (mod 2)` は解 `x ≡ 1 (mod 2)` を持つ(重解)。
* `(2) = (1+i)²`(`N(1+i)=1+1=2` なので `(1+i)` は素イデアル)。
* `g=1`, `e₁=2`, `f₁=1`(`S/(1+i) ≅ Z/2Z`)。`[L:K]=2` なので分岐。
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### 5. 素イデアル分解の重要性と応用
* **一意分解の回復:** デデキント整域では、要素のレベルでの一意分解が崩れても、イデアルのレベルでは一意な素イデアル分解が存在します。これにより、環の構造を深く理解できます。
* **イデアル類群の定義:** 主イデアル全体の集合を、すべてのイデアルの集合で割った群「イデアル類群」を定義できます。この群の位数(類数)は、環がどれだけ一意分解整域から「ずれているか」を測る重要な不変量です。`Z[√-5]` の類数は `2` です(`(2, 1+√-5)` は主イデアルではない)。
* **数論的方程式の解法:** ディオファントス方程式(整数解を持つ方程式)を解く際、代数的整数環に移してイデアルの分解を利用する手法(フェルマーの最終定理の証明などで発展)があります。
* **類体論への基礎:** 類体論は、代数的体のアーベル拡大を、そのイデアル類群やイデアルの分解法則を用いて記述する壮大な理論です。素イデアル分解はその出発点です。
* **ゼータ関数とL関数:** デデキントゼータ関数は、素イデアル分解を用いて定義され、数論的対象の解析的性質を研究する強力な道具です。
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### まとめ
素イデアル分解は、代数的整数論において「整数の素因数分解」という直感的で強力な概念を、より一般的な環の世界へと拡張したものです。`Z[√-5]` の例が示すように、要素レベルでの分解の非一意性という一見困難な現象も、イデアルという視点を導入することで、**「素イデアルの積としての一意的な分解」** という美しい構造の中に統合されます。デデキント整域という枠組みの中で、この分解は普遍的に成り立ち、代数的整数環の構造を解明するための不可欠な基盤となっています。分岐指数や残差次数といった概念は、体の拡大が素イデアルに与える影響を精密に記述し、類体論やゼータ関数など、現代数論の発展に繋がる重要な情報を提供してくれるのです。