メトロ12号線Trinité - d'Estienne d'Orves 駅周辺は閑静な地区であった。目の前にはサント・トリニテ教会(Église de la Sainte-Trinité)が白く輝いていた。
この雪のように白いサント・トリニテ教会から歩いて数分のところに、ギュスターヴ・モロー美術館(Musée Gustave Moreau)が、ひっそりと建っていた。
通りには誰もいなかった。本当に静かな場所だった。
入口から階段を上がり展示室へ向かう──もうすでにギュスターヴ・モローの作品そのものの中に入っていくような感じがした。
静かで美しい広間にモローの作品が数多く展示してあった。ギリシャ神話と聖書の物語からなる豪奢な世界。その色彩が眩かった。
精神の快楽と眼の歓びのために、彼は何か暗示的な作品を求めていた。つまり、おのれをある未知の世界に投げこんでくれるような、新しい臆説の跡をあばいて見せてくれるような、また学匠的なヒステリイと、入り組んだ複雑な悪夢と、無頓着な残忍な幻影とによって、神経組織に激動を与えてくれるような、そんな作品を求めていたのである。
数ある現代画家のなかで、永いこと彼を恍惚状態に浸らせてくれる才能のある画家が一人いた。
ギュスターヴ・モロオである。
モローが描いた作品だけではなく、モローが収集し愛玩していたものも展示されていた。
そして──この場所で、ここに立って、ここから見る、ギュスターヴ・モロー美術館という芸術品。この幻想的な空間。
青金色の菱形に端を発する唐草模様は、円天井に沿ってうねうねと伸び、円天井の螺鈿の寄木細工の上には、虹色の光やプリズムの輝きが仄めいている。
殺戮は終わったのだ。いま、首切役人は血に染んだ長剣の柄頭に手をかけ、無感動な表情を持して立っている。
聖者の斬り落とされた首は、敷石の床に置いた皿から浮きあがり、蒼白な顔、血の気の失せた開いた口、真っ赤な頸のまま、涙をしたたらせて、サロメをじっと見ている。一種のモザイコ模様がこの顔を取り囲み、後光のように光輝いて、柱廊の下に幾条もの光線を放射している。
『さかしま』 p.82
Flickr にもギュスターヴ・モロー美術館の写真をアップしておいた。
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