HODGE'S PARROT

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ジェイ・ジョプリングとホワイト・キューブ



10年前の雑誌『ブルータス』(1998年5/15号)は「クール・ブリタニア」特集だった。もちろん、そこには、デミアン・ハーストも登場している。で、その『ブルータス』の記事で眼を惹いたのが、デミアン・ハーストを「プロデュース」した男、ジェイ・ジョプリング(Jay Jopling、b.1963)だ。
Wikipedia にも書かれているが、ジョプリングはイートン校出身でエジンバラ大学で美術史を学んだ画商&ギャラリスト。彼の父親は保守党議員でサッチャー政権時代に閣僚を務めた人物。要するに名門出のエリートである。

ジェイ・ジョプリングはロンドンにあるギャラリー、ホワイト・キューブ(White Cube)を主宰している。ホワイト・キューブはハーストを始め、トレイシー・エミン(Tracey Emin、b.1963)やチャップマン兄弟(Jake and Dinos Chapman)など Young British Artists(YBA、ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)の作品を積極的に紹介したことで特に名高い。


[White Cube]



トレイシー・エミンとジェイク・アンド・ディノス・チャップマンに関する動画。後者はグロいので注意。
Hermann Vaske's interview with Tracey Emin

Moscow is introduced to 'classics of disgust art'


Strangeland

Strangeland

Jake and Dinos Chapman (New Art Up-close)

Jake and Dinos Chapman (New Art Up-close)





そしてデミアン・ハーストとホワイト・キューブと言えば……なんといってもあの120億円で落札された「頭蓋骨」、その名も《神の愛に捧ぐ》(For the Love of God)だ。
英美術家の「ダイヤモンド頭蓋骨」、116億円で落札 [時事通信]

英国の現代美術家ダミアン・ハーストが制作したダイヤモンドがちりばめられたプラチナ製の頭蓋(ずがい)骨が、投資グループによって、提示価格の1億ドル(約116億円)で落札された。


これは、18世紀のヨーロッパ人男性(35)の頭蓋骨をかたどったものだが、歯は本物を使用。額中心部に付いた、400万ポンド(約9億3300万円)以上の価値があるとされる大きなピンクのダイヤモンドを含め、計8601個のダイヤモンドがあしらわれている。


広報担当者は、購入者の詳細に関するコメントは控えた。

For the Love of God: The Making of the Diamond Skull

For the Love of God: The Making of the Diamond Skull

The Iceman Cometh [New York Times]

If, as expected, it sells for around $100 million this month, it will become the single most expensive piece of contemporary art ever created. Or the most outrageous piece of bling.


ところで、『ブルータス』に掲載されているジェイ・ジョプリングの写真を見ると、仕立ての良いサヴィルローのスーツを着込み黒縁の眼鏡を掛けた姿がなかなかクールにきまっている。↓ のサーチ・ギャラリーの「ハースト&頭蓋骨」の記事でも、相変わらず黒のスーツに黒のネクタイ、黒縁の眼鏡をかけたスタイリッシュなジョプリング氏の写真が掲載されている。


が、一方で、ジョプリング氏の「そのスタイル」はジョージ・デュ・モーリアの小説『トリルビー』に登場するスヴェンガーリを彷彿させるのだという。

『トリルビー』? スヴェンガリ? 宮脇孝雄 著『書斎の旅人 イギリス・ミステリ歴史散歩』によれば、ジョージ・デュ・モーリア*1の『トリルビィ』はヴィクトリア時代の「最初の近代的なベストセラー」で、そのあまりの人気のために《トリルビィ・クラブ》なるファンクラブが発足し、トリルビィ・キャンディやトリルビィ・シューズなどの「キャラクター商品」も発売されたという──そういった意味で「近代的な」ベストセラーなのである。宮脇氏によれば、デュ・モーリアの本業は画家であったが──サッカレーの本の挿絵も担当したそうだ──友人のヘンリー・ジェイムズの助言により小説を書くようになったという。
『トリルビィ』のストーリーはパリでボヘミアン生活をしているイギリス人の若い芸術家の卵たちを描いたもので、その一人が音楽家を目指すヒロインのトリルビィである。しかし実のところトリルビィにはさしたる音楽的才能はなかった。そこへ登場するのが怪人スヴェンガリである。スヴェンガリは催眠術で人の心を操る「悪役」だ*2

『トリルビィ』の第二幕は、五年後のロンドンである。ヨーロッパの音楽界は、新しいスター歌手の誕生に沸き立っていた。完璧な音楽性と稀に見る美声を持つその歌手の名前は、マダム・スヴェンガリ。五年後のトリルビィの姿である。種明かしをすれば、トリルビィは、スヴェンガリの催眠術によって操られる人形になり、音楽性を吹き込まれていた。クライマックスでスヴェンガリが死ぬと、トリルビィはただの音痴に戻ってしまう。それもコンサートの直前に。





宮脇孝雄『書斎の旅人』(早川書房) p.34

書斎の旅人―イギリス・ミステリ歴史散歩

書斎の旅人―イギリス・ミステリ歴史散歩

*1:その名前からピンとくる人も多いだろうけど、『レベッカ』や『鳥』で有名なダフネ・デュ・モーリアはジョージ・デュ・モーリアの孫である。

*2:スヴェンガーリによって催眠術をかけられたトリルビィはショパン即興曲変イ長調 Op.29 の中間部の旋律を歌わされる、とマレイ・ペライアのCD(SONY)の解説に書いてあった。なんとなくイメージがつかめる