HODGE'S PARROT

はてなダイアリーから移行しました。まだ未整理中。

S.A.S. 英国特殊部隊『The Killing House』



英国陸軍特殊部隊SASSpecial Air Service)は冒険小説では人気の組織であるが、個人的には諜報機関であるMI6(SIS)やMI5ほど馴染みがなく、湾岸戦争の記録としてアンディ・マグナブ/Andy McNab の『ブラヴォー・ツー・ゼロ』(Bravo Two Zero、B20)を読んだぐらいだったので、そのSASの活躍を「視覚的に」描いたTVドラマには興味を惹いた──とくに、ジェイミー・ドレイヴン/Jamie Draven が出演しているので、それも「視覚的」効果というわけで(笑)。
英ITV1製作『S.A.S. 英国特殊部隊』(原題 Ultimate Force)のファーストシーズンのDVD−BOXが出ていたので購入した。



ブラヴォー・ツー・ゼロ―SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録 (ハヤカワ文庫NF) 懸垂下降や急速下降やビルからビルへの綱渡りのようなエキサイティングなことをやるのは楽しい──だが、特殊部隊の存在価値は、完璧さと精確さにある。SAS のほんとうの標語は”危険に敢然と挑む者が勝つ”ではなく、”チェックとテスト、チェックとテスト”なのだ。




アンディ・マクナブ『ブラヴォー・ツー・ゼロ』(伏見威蕃 訳、ハヤカワ文庫)p.35


元S.A.S. 隊員だったクリス・ライアンがテクニカル・アドバイザーとして参加しており、使用される銃器や装備、作戦行動に「リアル感」が出ているというのが、このドラマの売りである。もちろん、そのリアルさには目を奪われる。が、どうみてもSAS隊員らしからぬ優男のジェイミー・ドレイヴン演ずる「ジェイミー・ダウの修行時代」も見物であろう。
ジェイミーは、第22SAS連隊(22 Regiment)のレッドチームに配属された新人で、まず「キルハウス」と呼ばれる訓練施設で実践さながらのトレーニングで鍛えられる。スピード、攻撃性、応用力。Who Dares Wins。「危険に敢然と挑む者が勝つ」のである。労働者階級出身の境遇も、SAS隊員を彼がめざしたことに意味を添える。

そして現実の事件が起こる。銀行強盗が人質を取って立てこもった。レッドチームとブルーチーム(クリス・ライアンが俳優として隊長を演じている)は出動を要請される。
作戦会議では、警察、SAS諜報機関(MI5)の三つの組織が意見を交える。警察は役人的で頼りがない、諜報機関はそのエスタブリッシュな振る舞いが鼻に付く。必然的に、SASに期待がかかる。SASには事件解決──すなわち犯人たちを射殺する権限が通達される。

SAS隊員には、アフリカ系、インド系、女性がおり、決して「均一な」組織ではない。ドッツィー・ドーニー中尉(Lieutenant)は若く、しかも童顔なのでほとんど大学生のように見える。ロス・ケンプ演じるベテランのヘンノ軍曹(Staff Sergeant)は、そんな「若造」に命令されるのを快く思っていない──ここには「階級」の問題がさりげなく伺える。
Sas Great Britain's Elite Special Air Service (Power Series) しかし一旦が命令が下され、実戦配備につくと、SAS部隊は、中尉の命令系統に完全に従い、稀に見るチームワークを発揮する「最強の組織」になる。スピード、攻撃性、応用力。それがSAS隊員に求められているものだ。

一方、犯人グループは全員白人男性であるが、実践では──すなわち実際の銀行強盗ではミスの連続で、仲間割れさえ引き起こす。人質を取ったところで、彼らが逃げ切れるわけはない。犯人グループの最年少の青年は、不幸な育ちのせいで犯行グループに加わっているだけで、決して悪い人間ではなく、人質を殺す気もまったくない。それどころが人質の、自分の母親と同じくらいの年齢の女性行員と「心が通じ」あう。彼は心を入れかえ投降するかもしれない……。

所詮、銀行強盗どもはSASの敵ではない。「統率」が取れてない。

しかし犯人グループは殲滅させられる。窓という窓が破壊され、SAS隊員が銀行内部に一斉に突入する。実に「統率」が取れている。さすが精鋭部隊だと関心する。犯人たちは次々と撃ち殺される。銃撃戦とは言えない──犯人たちとは違いSASの狙撃手たちは的確に「経済的に」犯人を仕留めるからだ。SASの使命は、問題解決=射殺であり、彼らの脳裏にあるのは「あと何人」でしかない。
最後の一人、例の青年。女性行員は「銃を手にしていない」青年を庇おうとする。「撃たないで」と叫ぶ。SAS隊員にとって、スピード、攻撃性、応用力は、絶対に忘れてはならない。ヘンノ軍曹は、ジェイミーの前で、最後の一人を冷徹に確実に仕留める。そして「ゲーム」は終了する。SAS側も一人死んだ。

命令系統を放れた隊員たちは、途端に人間らしくなる。新人ジェイミーは初めて人を殺したため、何度もゲロを吐く──そこが妙にリアルなのは、イギリスのドラマだからだろうか。しかし「悪」を殲滅せんとするSASという組織の強固でアグレッシブな意志は、とうてい忘れることはできない。