ジョゼフ・S・ナイ『国際紛争 理論と歴史』の第6章「介入、制度、地域紛争」から。
ナイによれば、国際法や国連に代表される国際組織は、それ自体脆弱であるものの、国家は二つの理由で国際法に利益を見いだしているという。予測可能性と正統性である。
予測可能性については、例えば国家間の交流を通じて摩擦が起きた時、国際法のおかげで政府は、それらが高レベルの紛争になることを防ぐことができる。
一方、正統性は、政治が単に物理的暴力をめぐる争いだけではなく「正統性をめぐる争い」でもあるという認識があって、したがって正統性は力の源泉でもある、という理路につながる。
国家は、国際法や国際組織に訴えて自らの政策を正統化し、他国の政策を非正統化しようとするし、それによって国家の戦術や結果にしばしば影響が表れるのである。
ナイは、スエズ危機を例に出す。1956年7月、エジプトのガマル・ナセル大統領がスエズ運河国有化を宣言した。イギリス首相アンソニー・イーデンは、このナセルの行為を重大な脅威と考え、ナセルを「新たなヒトラー」とみなした──ヒトラーがラインラントに進駐した際、イギリスが何の行動もとらなかったこととの「類推」である。ナセルのアラブ民族主義へのアピールと、エジプトがソ連製の武器を購入していることも懸念材料であった。
そこでイギリス、フランス、イスラエルは秘密計画を立案した。
- ナセルの教唆により国境を越えてのゲリラ活動が起こっているという「事実」が存在し、
- ゲリラ活動に悩むイスラエルがエジプトに侵攻する。
- 英仏は、イスラエルの侵攻により、スエズ運河に脅威が生まれたとの口実により、スエズに介入する。
ここでのポイントは、
国連安保理は、英仏の口実を認めず停戦を要求。しかし英仏は拒否権を発動。
ところが、国連事務総長ダグ・ハマーショルドが、カナダの外相レスター・ピアソンと共に、国連平和維持軍をイスラエル軍とエジプト軍の間に投入、両軍を分離する計画を作成。
こうなると英仏は、もはや彼らの介入の口実を維持できなくなった。
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アメリカは、「英仏の介入がアラブ民族主義者たちを怒らせ、中東においてソ連のつけいるすきが拡大することを恐れ」、ピアソン=ハマーショルド案を支持、さらにイギリスに圧力をかけるべく、国際通貨基金(IMF)──という国際組織を利用して──イギリスに支援借款を与えることを拒否した(ただしソ連は、このとき、自身のハンガリーへの介入に忙殺されていた)。英仏にとって、アメリカの敵対行動は、予測不可能の事態=誤算であった。
英仏は停戦を受けいれた。
英仏が停戦を受けいれたのは、アメリカの圧力もあったが、彼ら自身が持ち出した法的口実にからめられてしまったこともその理由の一つであった。イスラエルとエジプトを引き離し、運河への損害を食い止める別の方法が生まれてしまったからである。
p.199
- 作者: ジョセフ・S.,Jr ナイ,Joseph S.,Jr. Nye,田中明彦,村田晃嗣
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[スエズ危機]
- 第二次中東戦争 [ウィキペディア]
- Suez Crisis [Wikipedia en]