HODGE'S PARROT

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トリスタン・ミュライユ『空間の流れ』




サイモン・ラトル指揮バーミンガム交響楽団によるオリヴィエ・メシアントゥーランガリラ交響曲』を聴きながら、この演奏も凄くいいな、と思った。高音部の煌きはサロネン盤を凌ぐだろう。ギラギラした金属的な響きの中に、オンド・マルトノがヒューと火の玉のように顕れる。メシアンの音楽は面白すぎる。


サロネン盤とラトル盤で共通しているのが、作曲家としても著名なトリスタン・ミュライユ(Tristan Murail)がオンド・マルトノ奏者として参加していることだ。そんなわけでミュライユの音楽を久しぶりに聴いてみた──普段聴いてないので、CDを探すのに苦労した(笑)。

ミュライユの『空間の流れ』(Les courants de l'espace、1979)は、オンド・マルトノとオーケストラのための作品。オンド・マルトノをソロにした「協奏曲」(concertos)とも言える。曲は、「空間の流れ」というタイトルに違わず、いやむしろ、それを超越した、宇宙的というか神秘的というか、まるで見知らぬものと「交信」でもしているような「ただならぬ雰囲気」に満ちている。

Ethers / Les Courants

Ethers / Les Courants


ミュライユの作品は、理論的にも技術的にも、フランスの電子音楽研究施設 IRCAM の最新の設備を駆使し音響分析を行った「スペクトル楽派」(École spectrale)のものである。
スペクトル音楽、もしくはスペクトラル音楽(Musique spectrale)とは

音響現象を音波として捉え、その倍音をスペクトル解析したり理論的に倍音を合成することによる作曲の方法論をとる作曲家の一群。現在ではフランスの現代音楽の主流である。音響分析や合成には、フランスの電子音響音楽研究施設IRCAMの果たした役割が大きい。




ウィキペディア「スペクトル楽派」より


そうなんだけど、これらミュライユの音楽を聴いていると、どことなく、中世のヒルデガルト・フォン・ビンゲンの「幻視体験」に基づく音楽を想起させる。徹底的な理詰めの行く先が、素朴な神秘体験と似ているとしたら……。これが現代音楽の面白いところだ。

マインド―心の哲学どんな複雑なシステムも、さまざまな方法で記述できる。たとえば、車のエンジンは、分子構造の観点、全体の物理的なかたちという観点、構成パーツの観点など、さまざまな観点から描写できる。このような記述可能性の多様さを「レヴェル」という比喩を使う方法があり、広く受入れられている。人は、分子のミクロなレヴェルを、全体の物理的構造や物理的構成要素のレヴェルといった、より高いレヴェルの記述に比べて低いレヴェルの記述だと考える。
この区別のもっともおもしろい点は、それがコンピュータにこそ劇的に該当することだ。低いレヴェルの記述では、あなたのコンピュータと私のコンピュータはまったく異なっているだろう。たとえば、あなたのコンピュータと私のコンピュータとではちがうプロセッサが搭載されているかもしれない。だが、高いレヴェルの記述では、どちらのコンピュータも同じアルゴリズムを正しく実行するし、両者は同じプログラムを実行するだろう。




ジョン・サール『マインド 心の哲学』(山本貴光吉川浩満 訳、朝日出版社)p.99-100


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[トリスタン・ミュライユ関連]

現在はアメリカのコロンビア大学で作曲科の教授を務めており、アメリカの若手作曲家の間にスペクトラルな音楽語法が広まりつつある。また本国フランスでもIRCAMの研修コースなどで教鞭をとっている。ミュライユ本人はスペクトル楽派と呼ばれることを忌み嫌い、「作品を聴いている間に耳で思い出せるオブジェ」を作曲思想の源泉とし、「ピエール・シェッフェールよりもピンク・フロイドからアイデアを得ることが多かった」そうである。