ブライアン・フリーマントルの『狙撃』(THE RUN AROUND)で言及されていた「オペレーション・エンテベ」(エンテベ空港奇襲作戦)。このイスラエル当局による「作戦」に関して、何か書かれていないかと手に取った加藤朗の『テロ──現代暴力論』(中公新書1639)に、「自殺テロ」について興味深い記述があった。メモしておきたい。
1972年5月30日、イスラエルのテルアビブ(ロッド)空港到着ロビーで、アラブ赤軍(後に日本赤軍)の岡本公三、奥平剛士、安田安之の三人が、プエルトリコの聖地巡礼団にチェコ製のVz-58小銃を乱射。28人が死亡、82人が負傷。奥平、安田の両名は手榴弾で自爆。岡本は逮捕された。
加藤朗は、この「テルアヴィブ空港襲撃事件」を、テロ史上画期的な意味を持つものと位置づける──初めての自殺テロであったこと、国際テロの連携、という二つの意味で。
重要なのは、確かにテロは「死を覚悟して」行われるものであるが、しかし、「死を覚悟すること」と「死を前提とすること」は、思想的にまったく異なる、ということだ。加藤は、今日多発する「自殺テロ」の起源を、テルアヴィブ空港襲撃事件に見る。
同様の考察は、立花隆が「自爆テロの源流」(『文藝春秋』2001年11月号)で、試みているそうだ。
立花は、日本赤軍リーダーの重信房子の「殺すということは、自分の死を代償とする以外にはあり得ないのである」との言葉を根拠に、「そこ(テルアヴィブ空港襲撃事件)には、自分の生命と引きかえなら相手を殺してもよいという日本的テロリストの美学が働いていた」と解釈している。
加藤朗『テロ──現代暴力論』p.63
ここにおいて、当初、「自爆の必要はない、奪還闘争を待て」というパレスチナ解放人民戦線(PFLP)との戦術上の相違があった。PFLPでさえ反対したように、このような「カミカゼ・テロ」(自殺テロ)は「不可解で不合理」なものと見えた。「左翼革命主義者たちは、基本的には合理主義者であるから、自殺そのものを前提とする作戦は取れなかった」(立花隆)のである。
立花が言う「日本的テロリストの美学」は、重信の父親が影響を受けていたといわれる血盟団の井上日召(1886-1967)ら日本の右翼の一殺多生を彷彿とさせる。実際、思想こそマルクス主義と国家主義の違いはあるものの日本赤軍の行動や心情は、五・一五事件や二・二六事件に関係した右翼や、革命を支援するために中国に渡った大陸浪人と変らない。行動や心情から見る限り、テルアヴィブ空港襲撃事件はあまりにも日本的かつ右翼的なテロ事件であったといえる。
p.63-64
そしてこの自殺テロが、「倫理的障壁」──無差別殺戮に対する障壁──を打ち破った、と加藤は述べる。「標的を選択し、無用の殺戮を避ける配慮」したハイジャックなどのテロから、「自らの死をも差別しない究極の無差別テロ」へと変転した。差別なし=無差別への移行である。
ところで加藤の著書を読んで気がつくのは、上記にもあるような、左翼的/右翼的という二項対立を無効にするような叙述である。これはイスラム殉教自殺テロが「死を持って目的を達成する」日本赤軍のテロに影響を受けていることからも理解できる。
さらに、自殺テロが「カミカゼ・テロ」とも呼ばれ、それが「神風攻撃」という「日本独自の戦術」と考えられていることにも、留保を迫る。なぜならば、ドイツにも日本の特別攻撃隊と同様の自殺部隊の構想があったからだ。有人のV1号「ライヒェンベルク」(Reichenberg)がそうである。
[Reichenberg]
Reichenberg, a manned version of the Fi-103 missile better known as the V-1 "buzz bomb," is proof that the mentality of the suicide attacker is not merely the product of the Japanese (or today, the Islamic) society but can afflict any nation desperate enough that values the collective existence of the state more than individual life.
- Selbstopfer [Wikipedia EN]
Selbstopfer (German for self-sacrifice) was a late-World War II German project to develop a "smart weapon" for attacking high-value targets such as bridges and command centers. First proposed by Otto Skorzeny, leader of the German commandos, and Hanna Reitsch, the famous test pilot, they suggested using converted V1 Flying Bombs with a tiny cockpit on top, with a pilot.
そこからまた、自殺テロが合理的か非合理的か、という問題も切り崩される。
合理主義者であるドイツ人も構想したカミカゼ攻撃は、命中率を上げるための軍事合理性にかなった戦術である。同様に自殺テロも、確実に目標を破壊する最も合理的な手段である。死を正当化する思想や宗教が他人の目には非合理に映るだけで、カミカゼ・テロそのものは決して非合理的手段ではない。
p.66
テルアヴィブ空港襲撃事件は、実行行為者が日本人、標的はイスラエル、アテネからフランス航空機を利用、犯行現場はテルアヴィヴ、犠牲になった人々はプエルトリコ人だった。
そしてこの事件で、日本赤軍とPFLPという極東と中東の遠くかけ離れた組織の協力関係が明るみに出、思想的にも組織的にもテロ組織の国際的な連帯が進んでいることに人々は驚愕した。
p.67
- 作者: 加藤朗
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