ジャック・バース著『スパイ的思考のススメ』(The Handbook of Practical Spying)を読んだ。
スパイ用語の基礎知識からスパイコラム(SPY column)、スパイの知恵(SPY wisdom)など、この本一冊で「スパイ通」になれる。実際にあった数々のスパイ事件のエピソードも豊富。楽しく読めた。
序論は国際スパイ博物館(http://spymuseum.org)エグセクティブ・ディレクターのピーター・アーネスト。実際、CIA で長年活躍した元スパイだ。
具体的にスパイのように考えるための「前提」となる10のルールを挙げてみよう。
- よそ者っぽい態度を見せない。
- 所在なさそうな態度はとらない。目的がないときはなおさら注意が必要。
- 周囲に溶けこむ。「いるかいないかわからない」人間になろう。
- ただの傍観者のときでも、つねに評価の目を養う。
- 直感を信じて決断する。最初はまちがうこともあるが、経験を積むことが大切。
- いったん決めたら、くよくよ悩まない。ただし事後分析は欠かさず行う。
- 周囲にたえず注意を払う。なじみの状況にあるときほど、細部を見落としやすい。
- ある程度までは「嘘は方便」
- 疑いを打ち消すな。他人を疑うことを恥じてはいけない。
- 記憶力を鍛える。
さらに別のルールも紹介しておきたい。それは「モスクワ・ルール」と呼ばれ、かつて冷戦華やかしき時代、東ベルリンで西側のスパイたちが遵守していたものだ。彼らはソ連のKGBや東ドイツの秘密警察(シュタージ)の監視の目をつねに想定して行動していた。
- 思いこみは禁物。
- いやな予感に逆らわない。
- 誰もが敵の配下である可能性を忘れるな。
- 振り向くな。近くにきっと誰かいる。
- 流れに逆らってはいけない。
- 行動パターンを固定せず、目だたないようにする。
- 敵を自己満足させろ。
- 敵に無用の刺激を与えない。
- 行動するタイミングと場所を厳選する。
- つねに複数の選択肢を用意する。
この本の特徴は、なによりその軽快な文章。ユーモアがあり、リラックスして読める。
しかし、その親しみやすい文章の中に、数々のスパイのテクニックが簡潔に解説されている──人物の評価分析から情報収集のテクニック、監視の目を欺く方法まで。
楽しく読みながら、読者は、いつのまにか「スパイ的思考」、すなわち「スパイ脳」に改造されている、という具合だ。
付け加えておけば、この本は、9・11テロ事件以後に書かれた。ピーター・アーネストは、「現在のテロリスト」は「かつてのスパイ」とほとんど同じ活動をしていると看破する。そうすると、このリラックスして書かれた「HOW TO 本」の意味合いも、ちょっと考えたくなる。
- 作者: ジャックバース,藤井留美
- 出版社/メーカー: 日経ナショナルジオグラフィック社
- 発売日: 2004/12/11
- メディア: 単行本
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追記。ロンドン同時多発テロのニュースに接して。
『スパイ的思考のススメ』の原題は『The International Spy Museum's Handbook of Practical Spying 』である。インターナショナルということが重要である。そしてこの本でもテロについて書かれてある。
しかし、テロの脅威に世界中がおののいている昨今では、危険はあらゆるところに潜んでいる──特に公共の交通機関は油断がならない。座っていても刻々と情報が集まってくる一国の大統領は別として、私たちは初めての場所に着いたとき、また交通機関を乗りつぐたびにスパイ脳を全開にして、ちょっとした異変のきざしも神経をとがらせる必要がある。
これまでは、警戒しなければならない脅威は地域によってさまざまだった。たとえば英国人は、持ち主のわからない荷物や自動車を見ると、極度に警戒する。これはIRA(アイルランド共和軍)の過激派による長年の爆弾攻撃から身についた習性だ。ロンドンを訪れた観光客は、地下鉄の駅のどこを探してもゴミ箱は完全撤去ずみなのだ。同様にイスラエルの人たちは、近くにいる誰かが自爆テロをしでかさないか、つねに注意を払っている。しかしこれからは、世界中のすべての人が、あらゆる種類の脅威に備えなくてはならない。
p.156-157