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都会の祈り〜神は万物の中に現存する……


オリヴィエ・メシアン作曲による《神の現存のための三つの小典礼》(1943年)の生々しいライヴ演奏の動画が YouTube にあった。僕はこの作品が大好きで、最初に聴いたときには本当に衝撃を受けた。何はともあれ、この強烈な音楽を聴いてほしい──電子楽器オンド・マルトノがまさに火の玉のように飛び交っている。
第3楽章:愛による偏在のプサルモディア(神は万物の中に現存する……)の後半部分より。
O. Messiaen's Trois Petites Liturgies - 3rd

このメシアンの、現代音楽としての宗教音楽/宗教音楽としての現代音楽、を聴いているときに、あるテキストが脳裏を過った──最近読んだはずなのだが、それが何であるのかすぐに思い出せなくて、とてももどかしく感じた。
そして思い出した。田中カレンさんが自作の《アーバン・プレイヤー Urban Prayer》について解説しているテキストだった*1。田中カレンさんの音楽も、「広義の」現代音楽としての宗教音楽/宗教音楽としての現代音楽について述べていた。素晴らしいテキストなので引用させていただきたい。

題名の〈アーバン(都会の)〉〈プレイヤー(祈り)〉は、不安や緊張の中で生きる現代の人々の祈りを示唆しています。これまで旧約聖書の題材をもとに《ソロモンの雅歌》、《ガーディアン・エンジェル》という曲を書き、古代の物語と現代のテクノロジー現代の音楽語法を重なり合わせることを試みましたが、《アーバン・プレイヤー》もそれらの延長線上にあります。
私が最初に祈りと接したのは、聖書と出会った幼稚園の時でした。その後、中学の選択授業でオルガンを学び、バッハやペータースのオルガン作品に傾倒し、高校の頃にはバーンスタインのミサ曲やメシアンの神秘的な世界、現代作品に於ける祈りに心を奪われ、留学したパリでは、コンピューター音楽を学ぶ傍ら、メシアンをはじめヨーロッパの作曲家の根底にあるカトリックの信仰を学ぶべく、教会の数々を訪れる機会に恵まれました。
時を経て、現在カリフォルニア州サンタバーバラの教会のオルガニストクワイヤーマスターを務めています。幼少からのこうした経験が、自分自身の音と思考に深く影響を与え、現代人の祈りを現代の音楽で表現する欲求へと駆り立てました。



田中カレン インタビュー(タワーレコードintoxicate』#89より)


Karen TANAKA 《TechnoEtudes》2000 / 田中 カレン 《テクノエチュード》2000


フローズン・ホライゾン(Frozen Horizon by Karen Tanaka)


Chen Yi Karen Tanaka - Invisible Curve

Chen Yi Karen Tanaka - Invisible Curve



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