HODGE'S PARROT

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ぼくはお城の王様だ



セルゲイ・プロコフィエフというと……なんといってもピアノ協奏曲第3番ハ長調 Op.26 だ。あの超絶技巧のピアノ──音符が多くて音を拾うだけでも苦労するのに、そこにさらに、複雑なリズムとスピード、そして、なにより力(腕力)が要求される。そして、なにやらアンチ・ロマン風のモダンで鋭角的な響き。不協和音。メカニックへの偏愛。運動性。まさに「体育会系」ピアノ曲の代表作だ。
ミシェル・ベロフ/Michel Béroff のピアノ、クルト・マズア/Kurt Masur 指揮&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による演奏は、やはりいいな。

Prokofiev: Piano Concertos, Nos. 1 & 5

Prokofiev: Piano Concertos, Nos. 1 & 5

  • アーティスト: Sergey Prokofiev,Kurt Masur,Leipzig Gewandhaus Orchestra,Michel Béroff,Parrenin Quartet
  • 出版社/メーカー: EMI Classics France
  • 発売日: 2008/02/18
  • メディア: CD
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他にも《トッカータ》やら《悪魔的暗示》やら、《戦争ソナタ》、《サルカスム》、《炎の天使》、《スキタイ組曲》、第2番から第6番までの交響曲といった才気ばしった、ときにグロテスクなまでの刺激的な響き……。
でも、プロコフィエフは、そんなモダンで先鋭的な音楽ばかり書いていたのではない。交響曲第1番のような(偽)古典交響曲があるかと思えば、(偽)ロマンティックな交響曲もある──それが交響曲第7番嬰ハ短調 Op.131 だ。もともとこの曲は、ソヴィエト国営放送の子供向け番組のための音楽として構想されたものであるが、それがもう少し「高度な」芸術作品として完成した。要するに「大人向け」の音楽として、である。しかし、シンプルでリリカルでメロディアスな感じは踏襲されている。まるでメンデルスゾーンのように優美なメロディに彩られた音楽……。

Symphonies

Symphonies


ディスクは、ネーメ・ヤルヴィ(イェルヴィ) Neeme Järvi 指揮&スコティッシュ・ナショナル管弦楽団による演奏。


実は、このプロコフィエフ交響曲第7番は、オーケストラで演奏したことがある。セカンド・ヴァイオリンだった──だから、優美なメロディを奏でるのではなく、そのメロディが鳴っている間、メカニカルな「刻み」を縦の線が合うようにカウントしながら弾いていたのだが。だから、それほど有名ではなくても、この音楽には思い入れがある。だから、そのリリカルでメランコリックなメロディーを(この第7番には「青春」というタイトルが付されることがある)期せずして耳にしたときには嬉しくなった。
それがレジス・ヴァルニエ/Régis Wargnier 監督による『罪深き天使たち』(Je suis le seigneur du château)という映画の中で、であった。


イギリスの作家スーザン・ヒル(Susan Hill、b.1942)の『ぼくはお城の王様だ』(I'm the King of the Castle)が原作で、母親のいない名門の子供エドマンドと、父親のいない労働者階級の子供チャールズが、それぞれの親の都合で城のような大きな屋敷に一緒に住まうことになる*1。二人の大人、二人の子供は、一組の家族に──もっとも、(偽)家族、(偽)兄弟であるが──になる。

しかし親同士の「接近」とは裏腹に、子供たち同士は、相争い、相手を傷つけあう。それぞれが屋敷の「城主」になろうとする。まるで大人のように策略を張り巡らす。それが次第にエスカレートしていく。莫大な財産を所収している父親を持つ男の子、そして美しすぎる母親を持つ男の子……彼らには、それぞれ、守らなければならないものがあるのだ。

もちろんそこには、それぞれの「大人たち」が、それぞれの相手に対して心の底で「疑って」いることを、繊細な感受性を持つ子供たちが察知しているかのようにも読める。それぞれが狙っている財産と体(情欲)を守るべく、子供たちは、戦う。だから「子供たち」は「大人たち」のアルターエゴなのかもしれない。そんなグルーミーな小説であるが、映画では、印象的なショットを散りばめた幻想的な作品になっている。そこに、プロコフィエフの音楽がからむ。交響曲第7番も、まるでカスパー・ダヴィット・フリードリヒの絵画を彷彿とさせる森の情景に、そのノスタルジックな音楽が鳴り響いてくる。その素晴らしい効果を持つシーンは今でも忘れ難く脳裏に焼付いている。
YouTube で映画『罪深き天使たち』を探してみたが、プロコフィエフ交響曲第7番を使用したシーンは見当たらなかった。トレイラーもなかった。だが、プロコフィエフの別のロマンティックな音楽──『シンデレラ』と『ロメオとジュリエット』だ──が響き渡る、やはり印象的なシーンが見つかった。やはり忘れがたいシーンだ。
Je suis le seigneur du château

嫉妬深い亭主パンチと、その妻ジュディーが登場する操り人形芝居が演じられていた*2。ガーガーという、操り人形芝居特有の声が、彼の耳に、ひどくやかましく飛び込んできて、彼になにごとかを叫んでいた。
海岸はとても小さく、少年たちの目の前には、湾曲した高い崖があり、後ろには海があった。潮が満ちてきて、操り人形の前に座っている少年たちのところに、しだいに忍び寄って来た。
「パンチとジュディー」の屋台は、赤と白の縞のカンバス地で出来ていて、小さな四角の舞台には、へり飾りがついていた。舞台の内部は、開いた口のように暗かった。




スーザン・ヒル『ぼくはお城の王様だ/罪深き天使たち』(高儀進 訳、角川書店) p.182-183

*1:映画では、舞台がフランスに移され、登場人物の名前もフランス風に変えられている。

*2:Punch and Judy [Wikipedia]