HODGE'S PARROT

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キルステン・フラグスタートの《ヴェーゼンドンク歌曲集》



リヒャルト・ワーグナーの音楽と言うと、
Wagner - Die Walküre: "The Ride of the Valkyries" (Boulez)


この《ワルキューレの騎行》のようにゴージャスであるがどこか禍々しい楽劇を思い浮かべる*1

リヒアルト・ヴァーグナーは別の種類の運動を欲した。──彼はこれまでの音楽の生理学的前提をくつがえした。泳ぐこと、漂うことであって──もはや歩行すること、舞踏することではない・・・おそらくこれで決定的なことが言われてしまっている。「無限旋律」は、まさにすべての時間と力の均衡を破ろうと欲し、ときとしてこの均衡そのものを嘲笑する、──それは、以前の耳にはリズム上の逆説や冒涜とひびくものにおいてこそ、その豊かな発明の才をもっている。
そうした趣味の模倣から、支配からは、それ以上大きな危険は全然考えられないような音楽にとっての危険が生ずることであろう──リズミカルな感情の完全な変質、リズムに変わる混沌が・・・そうした音楽が、効果を欲してそれ以上何ものも欲しないところの、まったく自然主義的な、彫塑のいかなる法則によっても支配されない俳優的演技や身振り芸術にますます緊密に寄りかかるとき、この危険は絶頂に達する・・・あらゆる犠牲をはらっての表情の豊かさ espressivo とポーズに奉仕し隷属する音楽──これではお終いである・・・




フリードリッヒ・ニーチェ「危険としてのヴァーグナー」(原佑 訳、ニーチェ全集〈14〉偶像の黄昏 反キリスト者 (ちくま学芸文庫) より) p.358


ニーチェも大袈裟だなあ・・・一度『24』を観せてやりたいよ(笑)。ま、僕の場合は「政治的な理由」もあって──すなわちハンス・フォン・ビューローよろしくブラームス派なので、ワーグナーの音楽自体には、それほど心酔しない。あの輝かしいラッパの響きよりも、シューマンの《クライスレリアーナ》の最後のピアノの単音のほうが、ずっと「危険さ」を感じるし、陶然とさせられる。ま、《タンホイザー》は好きだけど。
そのようなわけで、ワーグナーのCDは、《タンホイザー》以外、管弦楽によるハイライツ盤ぐらいしか持っていなかったのだが、10枚組約2000円という激安のボックスセットがあったので購入。BGMとして聞き流していた。

Great Singers Sing Wagner

Great Singers Sing Wagner


往年のスター歌手による古い録音(1900年代から1950年代)を集めたもので当然モノラルだ。状態にバラ付きがあるものの、ここのところヒストリック録音に慣れたせいもあって、さほど録音の古さは気にならなかった。むしろ針音が独特の「雰囲気」を醸し出しているものもさえある。
Voice of the Century それで9枚目。キルステン・フラグスタートKirsten Flagstad、1895 - 1962)というノルウェー出身のソプラノ歌手が、 Lauritz Melchior というテノールと《トリスタンとイゾルデ》の二重奏を歌う──言わずと知れた官能的な「無限旋律」が押し付けがましいくらい鳴り響く。*2
この濃厚な大管弦楽曲の後、静かなピアノの音が鳴ったので、逆に、驚いた。オペラだけではなく歌曲/リートも録音されていた。曲は《ヴェーゼンドンク歌曲集/Wesendonck Lieder》、初めて聴いた。
激安ボックスなので解説書の類が一切ない。ウィキペディアを参照すると

  • 天使 Der Engel
  • とまれ Stehe still!
  • 温室にて Im Treibhaus
  • 悩み(心痛) Schmerzen
  • 夢 Träume

という五曲から構成され、《トリスタン》とも関係のある楽曲であるという。
なかなか良かった。シューベルトシューマンのようなリリシズムも感じられ、ピアノもしっとりと美しく響く。フラグスタートのソプラノも表情豊かで聴かせる。やはりリートはいいな。


で、YouTube に《ワルキューレ》を歌うフラグスタートの映像があった。
Flagstad Walkure


アメリカのTV番組か何かのようだが、この何気ないレトロな雰囲気が、なんだかヒッチコック映画の一場面のような、ある種の禍々しさを感じさせる。やはりリートとオペラは違うジャンルだと思った。

Wagner: Die Walk?re, Act 3 / Solti, Flagstad

Wagner: Die Walk?re, Act 3 / Solti, Flagstad

  • アーティスト: Vienna Philharmonic Orchestra,Richard Wagner,Georg Solti,Marianne Schech,Kirsten Flagstad
  • 出版社/メーカー: Decca
  • 発売日: 2000/10/10
  • メディア: CD
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*1:指揮はピエール・ブーレーズ

*2:堀内修の『ワーグナー』(講談社現代新書)によれば、フラグスタートは「これ以上のイゾルデ、ブリュンヒルデはもう出ないだろう」とまで言われた理想的なワーグナー・ソプラノ/Wagnerian soprano であったという。
またこの本では、ドラマティック・ソプラノとは別にワーグナー作品に求められる「ホッホドラマティッシャー・ソプラノ」という分類があって、《さまよえるオランダ人》のゼンタ、《タンホイザー》のウェーヌス、《ローエングリン》のオルトルート、《トリスタンとイゾルデ》のイゾルデ、《ワルキューレ》《ジークフリート》《神々のたそがれ》のブリュンヒルデ、《パルジファル》のクンドリーらがその声の役柄に当たるという。