ヘンリー・ジェイムズの最初期の短編小説──中村真一郎の『小説家ヘンリー・ジェイムズ』の分類に従えば「習作時代」の作品であり、その小説家による小説家についての著書でも紹介されていなかった。
『ある問題』は作者が「読者の皆さん」にこんなお話がありますよというスタイルを取る。主要登場人物はエマとデイヴィッドという新婚の夫婦。「平凡で」「単純な」二人の新婚生活はまずまず上手くいっている──インディアンの予言を聞くまでは。インディアンの若い女性とその息子、そして女性の年老いた母親(この三人の組み合わせは個人的にマリア、キリスト、アンナを思い浮かべた)にエマは遭遇する。ふとした切っ掛けでエマは老女に運勢を占ってもらう。老女がエマの手を取ったとき、デイヴィッドがやってくる。デイヴィッドを見ながら老女はエマに告げる──「今年中に母親になる」「生まれてくる子供は女の子」「その子供は病気になる」「子供は幼くして死んでしまう」。
その後、エマに女の子が生まれる。その娘は重い病気にかかり生死をさまよう。しかし子供は命を取り留め、元気を取り戻す。予言は半分しか当たらなかった。二人は予言に抗うことができた。
予言に打ち勝った二人は、これまで秘密にしていたことを互いに打ち明ける。エマは10年も前にある予言を授かっていた──あなたは二度結婚する、と。偶然にも、デイヴィッドがかつてカード占いをしたときにも──二度結婚するというメッセージを受け取っていた。インディアンの占いには二人とも抗うような意志を見せていたが、「二度結婚する」という二人とも秘密にしていた予言を互いに知ってしまった以上、二人は、その予言に呑み込まれていく。予言に従うかのように猜疑心と嫉妬心が二人の心に芽生えてくる。些細なことが不信につながってくる。予言は二人の行動をコントロールする。
ここにジュリアという女性がデイヴィッドの前に登場する。「善良な」ジュリアはデイヴィッドから事の次第を聞き、その予言を解消しようと、二人を苛む問題を解決しようと、夫婦の間に介入する。このジュリアの介入の動機が「エマのためにデイヴィッドを守る」という不思議なもので、この理解し難さはパトリシア・ハイスミスの作品、例えば『ヒロイン』などを思い起こさせる。ジュリアの介入によって……エマとデイヴィッドは遂に別居する。
ただストーリーは「奇妙な」ハッピーエンドを迎える。インディアンの予言通りエマとデイヴィッドの娘は幼くして死ぬ。その知らせを聞いてデイヴィッドが妻の実家を訪れると、エマの元にクラーク牧師という男性がいた(デイヴィッドにとってのジュリアのような存在として)。エマとデイヴィッドはやり直す。それは二度目の結婚である──ただし、そこにジュリアとクラーク牧師との交友を含めることにして。
「よく分らないのだけれど、あの恐ろしい問題はついに解決したのよ。」
『ある問題』(李春喜 訳、文芸社『ヘンリー・ジェイムズ短編集 「ねじの回転」以前』所収) p.181
- 作者: ヘンリー・ジェイムズ,李春喜
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