僕はアメリカ人の画家ジョン・シンガー・サージェント(John Singer Sargent、1856 – 1925) がとても好きなのだが、日本では──イタリアのオールド・マスターやフランス印象派、ラファエル前派、英米のポップ・アートのようには──人気がなく、あまり語られることがないのが残念だ。
YouTube にサージェントの絵画作品を紹介している映像があった。僕もぜひ紹介しておきたい。
John Singer Sargent
この映像で紹介されるのは女性の肖像画が多いが、サージェントには男性をモデルにした作品もかなりある。とくにメイル・ヌードは一冊の画集が出るほど、サージェントお気に入りの「主題」だった。
John Singer Sargent: The Male Nudes
- 作者: John Esten
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ちなみに glbtq というサイトにもサージェントの項目があり、『レスリングをしている二人の裸の男/A sketch of two nude men wrestling』という作品を見ることができる。
- Sargent, John Singer (1856-1925) [glbtq]
American art historian Trevor J. Fairbrother believes that Sargent's drawings of the male nude show that Sargent had homosexual leanings. Gently erotic with an unabashed attention to genitalia, these were never exhibited.
Also of note is an early portrait that evokes a homosexual sensibility, W. Graham Robertson (1894), in which a slender 28-year-old dandy, dressed in a smoking jacket, stands in a provocative pose, while an elderly poodle rests on the floor.
One of his most beautiful works is Nude Study of Thomas E. McKeller (1917-1920). Found in his studio at his death, this oil painting of one of Sargent's favorite models, legs sprawled and eyes raised, challenges interpretation.
Also surprisingly erotic is the unfinished Boston Public Library mural Triumph of Religion (1890-1919), which features numerous images of young male bodies.
また、サージェントは作家のヘンリー・ジェイムズと交流があり、このアメリカの文豪の肖像画も描いている。→ James, Henry (1843-1916) -1913- by Sargent, John Singer [Wikipedia en]
イギリスの美術評論家デニス・サットン/Denys Sutton によれば、ヘンリー・ジェイムズの『弟子』(The Pupil)はサージェントの家族がモデルであり、ジェイムズはロンドンでバーン=ジョーンズを紹介したり、ディナーに招待するなど便宜を計ってやったという。
独身だったサージェントにとって幸いなことに、彼は肖像画の注文を受けることで魅力的な友人もでき、また多くの家庭で暖かく迎えられた。彼の知り合いには富裕な炭鉱主の活発な妻であったハンター夫人、シッカートの親友で美しい声の持ち主だったジョージ・スウィントン夫人、それに教養ある銀行家の妻ヒュー・ハマースリー夫人などがいた。
美しい、また暖かい心をもち、熱心な芸術愛好家でありながら、1902年に早世したハマースリー夫人にサージェントが心の安らぎを感じていたことは、彼女宛の彼の手紙にあらわれている。そこには彼女にワトーの版画をプレゼントしたり、作曲家のガブリエル・フォーレとの昼食に招待したり、ラファエル前派について書いているサージェントが見出される。
ここでひとつ強調しておきたいのは、彼らの友情には何ひとついかがわしいものはなかったことである。
デニス・サットン「ジョン・シンガー・サージェント:アメリカのコスモポリタン」(『サージェント展(1989)』カタログより)
もちろん世間は彼を変わり者(クイア/queer)とみていたが、彼女は、彼が、いかに、また、とりわけなぜ、変わり者(クイア)なのかを知っていた。だからこそ、適宜、覆いのひだを整えることができたのだ。他のすべてのもの同様、彼女は彼の陽気さ(ゲイエティ/gayety)にあわせた──それは陽気さとしてでも通(パス/pass)させねばならないものだったからだ。 ヘンリー・ジェイムズ『密林の獣』(The Beast in the Jungle) (北原妙子 訳、平凡社ライブラリー『ゲイ短編小説集』より) p.142-143 |
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サージェント作 『リブルスデイル卿/Lord Ribblesdale』 |
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「ヘンリー・ジェームズの『使者たち』はありますか?」と、トムは一等船室の図書室係のオフィサーに聞いた。書棚にはなかった。
「申し訳ありませんね、ここにはないんですよ」と、オフィサーが言った。
トムはがっかりした。ミスター・グリンリーフに読んだことがあるかと聞かれた本だった。どうしても読みたかった。
パトリシア・ハイスミス『太陽がいっぱい(リプリー)』(佐宗鈴夫 訳、河出文庫) p.49
→ Patricia Highsmith [Wikiepdia en]
→ Talented Mr.Ripley [Wikipedia en]
→ Plein Soleil [Wikipedia en]
Alain Delon as Ripley
http://youtube.com/watch?v=eUMrTEGiRAI
ネクタイをピンで止めていたストレザー(ストリーザー)の手が止まった。「では、知っているのかね。君のところへも来たの」
「いや、何も来ません。僕が知っているのは勘で分かったことだけです。僕はそういうことは分かるのです。そして推量するのです。ところで」と、彼はつけ加えた。「芝居みたいに、ちょうどよい時に手紙が来たものですね。だって今朝僕が参上したのは──昨日来たかったのですがね、駄目だったんです──あなたを連れて行くためですから」
「僕を連れて行く?」ストレザーはふたたび鏡に向かった。
「連れ帰るのですよ、やっと──お約束したように。僕は用意ができたのです。いや実を言えば、一月前にできていたのです。あなたを待っていただけなのです──それが当然ですからね。でもあなたはよくなりましたね。もう大丈夫です。僕にそれがよく分かります。ためになるものは、すっかり吸収なさったんですな。今朝のあなたは蚤みたいにぴんぴんしておられる」
鏡に向かったストレザーは身支度をし終わった。
ヘンリー・ジェイムズ『使者たち』(大島仁 訳、八潮出版社) p.240
The Ambassadors: Revised Edition (Penguin Classics)
- 作者: Henry James
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語られなかったものに対する抑制や依存の典型例となる作家は、礼儀正しいディナーのテーブルでの会話と思えるものをしている間に悲劇が生じ、全員が破滅するという作品があるヘンリー・ジェームズだとなれば、その傑作を、そこに隠れている性的緊張や政治的内容を明らかにするように書きかえると、いろいろとわかってくるのではないだろうか(『使者たち』のストリーザーが、忙しい毎日のつきあいの疲れをほぐすために、ホテルの部屋で夜遅く自慰をしている──あるいは金で若い男を買って同性愛の行為にふける方がいいかもしれない。『メージーの知ったこと』のメージーが、母親が愛人と寝ているところを見る)。
ひとたび元締め(マスター)のシニフィアンのダムが決壊すれば、思念がどっと溢れ出し、その一部はただおもしろいだけでなく、根底に「抑圧」されている内容を引き出すという意味で見えてくるものがある。
スラヴォイ・ジジェク『幻想の感染』(松浦俊輔 訳、青土社) p.231
What Maisie Knew (Penguin Classics)
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ちなみにジェイムズの『メイジーの知ったこと』(What Maisie Knew)は、マルグリット・ユルスナール/Marguerite Yourcenar が仏訳している。
[ジョン・シンガー・サージェント関連]