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「俺とあいつは見える色が違っている」といえるのか?



ウィトゲンシュタインの「私的言語」批判を批判的に考察している、永井均の『なぜ意識は実在しないのか』(岩波書店)に、非常に興味深い「質疑応答」があったので引用しておきたい──最初この部分を読んだときに、なんだか「さむけ」が走ったのを覚えている。

なぜ意識は実在しないのか (双書 哲学塾)

なぜ意識は実在しないのか (双書 哲学塾)


質問。

同時二重人格の話と右目で見える色と左目で見える色が違うという話とを結合してみます。右目で見える色と左目で見える色が違っている場合に、ある日、右目が見える人と左目が見える人との二つに人格が分裂したとします。そのとき「俺とあいつは見える色が違っているはずだ」といえませんか? 反対に、始めはそういう同時二重人格状態だったのに、それが解消して、両目で見える色の違いが比較できるようになったら、「俺とあいつは見える色が違っていたんだ」といえませんか? この場合、記憶にあたるものが他者との間にできたと考えることはできないでしょうか?




『なぜ意識は実在しないのか』p.108


それに対する永井氏の応答。

最初のケースで、「俺とあいつは見える色が違っている」とはいえません。あいつの見ている色は見えませんから。そして、あいつが見ていた色も、もう私には見えません。第二のケースでは、「俺とあいつは見える色が違っていた」とはいえません。あいつが見ていた色は私には見えませんから。最初のケースでは、「かつて両目が使えたとき、俺は右と左で違う色が見えていた」といえるだけです。第二のケースでは、「いま、俺は右と左で違う色が見えている」といえるだけです。




『なぜ意識は実在しないのか』p.108-109


この部分を読んで──あるいは永井均の他の著書を読んで──思い浮かべるのは、(いつも)、マーガレット・ミラーの『狙った獣』(Beast in View)というサスペンス小説だ。

コノウソハホントヨ、ソウ、コレハホンモノノウソヨ。





マーガレット・ミラー『狙った獣』(雨沢泰 訳、創元推理文庫)p.7

彼女は取り憑かれた宣教師そっくりに、興奮で体をふるわせながら、電話のダイヤルをまわした。
言葉を広めなくては。思い知らせて懲らしめてやらなければ。真実を明らかにしなければ。




『狙った獣』 p.127-128

彼女はわけがわからないと、かぶりをふった。この男も、あの肥ったベラのように、謎めかした話し方をする。背中にサルが乗っている──小さな動物が走りまわっている──有刺鉄線を乗り越えた──。
英語なのは確かだが、クラーヴォーはぜんぜん意味がわからなかった。きっとわたしは異邦人なんだ。長らく世間から離れていたせいで、言葉も人も変わってしまった。
世界は、ベラのような女や、エヴリン・メリックとか小男のハリーのような、意味ありげに笑う陰険な者たちに引き継がれてしまった。




『狙った獣』 p.255

狙った獣 (創元推理文庫)

狙った獣 (創元推理文庫)


私が「私には他の誰にもない何かがある。私の私的経験には最も重要な意味で隣人というものがいない。それどころか、私だけが表裏が逆になっている」と言ったとしましょう。
今度の相手はこう答えます。「その通りだ! 確かに、私には他の誰にもない何かがある。私の私的経験には最も重要な意味で隣人というものがいない。それどころか、私だけ表裏が逆になっている!」と。
私はこう応答するでしょう。「違います。他の誰にもない何かがあると言わざるをえないのはです。その私的経験に最も重要な意味で隣人というものがいないのはです。表裏が逆なのはです。あなたではありません」。私は、そもそも二人が同じことを言っているということ自体を認めないのです。



(中略)


問題の本質は、この「私」のような応答の見地に立つかぎり、およそ言語が成立しない、ということにあるのです。しかも、その言語を成立させない方の見地にも、十分な合理性があるのです。世界は事実そのようにできているのですから。それが問題のすべてです。

ですから、出発点は、「世界は、事実として、なぜか、私の目からしか見えない」でもよければ、「体を殴られると本当に痛いのは私の体だけだ」でもいいし、「自由に動かせる体はこれだけだ」でもいいのです。これは、疑う余地のない、端的な事実です。だから、私は、他人がそれとまったく同じことを言ったとき、そいつの発言を端的に否認しなければならないのです。あたりまえでしょう? だって、その否認こそが最初の発言の趣旨だったわけですから。




『なぜ意識は実在しないのか』p.117-119

Beast in View

Beast in View




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