HODGE'S PARROT

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歌劇≪オーウェン・ウィングレイヴ≫



「君はあの男がそんなに好きか? あいつを信じるかね?」
レッチミア青年はこのところ手に追えない難問攻めにあってきたが、これほど単刀直入な問いを突きつけられたことはなかった。
「あいつを信じるか、ですって? もちろんです!」
「ならば、あの男を救いたまえ!」




ヘンリー・ジェイムズ『オーエン・ウィングレイヴ』(南條竹則坂本あおい 訳、東京創元社創元推理文庫) p.292


2006年はベンジャミン・ブリテンBenjamin Britten 没後30周年で、Decca からブリテンの国内盤CDが数多くリリースされた。≪ねじの回転≫と同じくヘンリー・ジェイムズの小説を原作としたオペラ≪オーウェン・ウィングレイヴ/Owen Wingrave Op.85≫も、その一枚だ。

ブリテン:オーウェン・ウィングレイヴ

ブリテン:オーウェン・ウィングレイヴ

  • アーティスト: ブリテン(ベンジャミン),ラクソン(ベンジャミン),カーク(ジョン・シャーリー),ダグラス(ナイジェル),フィッシャー(シルヴィア),ハーパー(ヘザー),ワンズワース・スクール少年合唱団,ブリテン,バージェス(ラッセル),イギリス室内管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2006/12/20
  • メディア: CD
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初めて聴いたのだが、この1970年にBBCのテレビ用オペラとして作曲された≪オーウェン・ウィングレイヴ≫も、≪ねじの回転≫同様、圧倒的な緊迫感とオーケストラの色彩感が際立つ、出色の心理ドラマである。

ストーリーは、代々軍人を輩出してきたウィングレイヴ家の青年オーウェンが軍人になることを拒否する──自分は平和主義者(pacifist)であると表明する(カムアウトする/comes out)。
士官学校の教師を始め、オーウェン・ウィングレイブの「身内」の者たちは、オーウェンを思い、家門を守るため、彼を「正しい」道へと──軍人になるように──説得する。オーウェンを「危険思想」から守ろうとする。

コイル 我々はオーウェンの意志力を見くびっているのではないでしょうか。


ウィングレイヴ嬢 おっしゃることがわかりません。


コイル あの子には気骨があります。それは認めるでしょう。


ウィングレイヴ嬢 ウィングレイヴ家の者に気骨のない者はおりません。


コイル それなら、彼は自分の信念に従ってはいけないのですか?


ウィングレイヴ嬢 彼の信念は一族の信念であるべきです。その子には軍人になるしか生きる道はないんです。


コイル そんなにあの子を死地に送り出したいのですか?


ウィングレイヴ嬢 戦士を勇気づけるのがあなたの仕事ではありませんの?


コイル オーウェンは最高の意味での戦士です。


ウィングレイヴ嬢 戦で死なない戦士が、何の役に立ちます。




歌劇≪オーウェン・ウィングレイヴ≫より


オーウェンは立派な戦士だった──戦争で闘わなかったが。彼は因習と戦った。自分の信念のために戦った。自分もその一員である「一族」と戦った──いまここにいる身内だけではなく、一族に取り付いている幽霊・亡霊とも。勇気を持って。そしてオーウェンは「戦死」した。
フィリップ・ブレッドによれば、≪オーウェン・ウィングレイヴ≫の中心主題は、戦争──さらにそれを奨励する伝統の醜さ、残忍性と恐怖であり、それが家族に抗う若者の葛藤という形で表出されているのだという。作曲家はこの「身内の恐怖」を特徴的なリズムと音色で表現(モチーフ)し、全編に渡って繰り返される。そしてブリテンには珍しい十二音技法(12-tone serialist techniques)の使用は、戦争への不正を表しているようだ。
さらに『ガーディアン』には≪オーウェン・ウィングレイヴ≫が、ベトナム戦争に対するブリテンによる応答である、と同時に、ゲイであることをカミングアウトした青年が一族から受ける仕打ちの苛烈さのアレゴリーであるという解釈が載っている。平和主義者への反感とホモフォビアは、同じ言語──「男らしくない(unmanly)」「不名誉(disgrace)」──が使用される……家族、友人、教師によってだ。

The languages of anti-pacifism and homophobia are similar. Owen's declaration is seen as a metaphor for coming out as gay, which provokes the charge that he is "unmanly" and has brought "disgrace" on the family name. The much-quoted line, "He shall be straightened out at Paramore," taken verbatim from James, prefaces eruptive psychological violence on the part of Owen's family in a futile attempt at normative control, while the haunted room is read as symbolic of the closet - from which Britten, prevented by social strictures, was never fully able to liberate himself by publicly acknowledging his sexuality, which remained an open secret for much of his life.




Skeletons in the closet [Guardian]


オーウェン青年が、パラモア館で、悪意と善意の双方から「矯正」(straighten)させられるのが非常に象徴的だ。一族の名誉のために、「立派な」軍人になるように、家族と友人と教師が一致団結して行う「矯正」。彼は一人でそれと戦う。

オーウェン
僕は愛に囲まれ、希望のうちにはぐくまれ、
称賛されて甘やかされた。
でも、それはみんな、かれらが僕に対して抱いた思い込みから、
僕をこうしようという計画のためだった。
今の僕は、もうろくでなしだ。みなさんに
さよならを言います。




歌劇≪オーウェン・ウィングレイヴ≫より


オーウェンは「自ら」パラモア館で幽霊が出ると噂される部屋──「白の間」──へと閉じこもる。その部屋は、先祖のウィングレイヴ大佐が亡くなった部屋であった。ウィングレイヴ大佐は、「友達と喧嘩をしない」息子を、殴り殺した。



[Owen Wingrave]

A conscientious objector during the second world war, Britten received more public flak in his lifetime for his pacifism than for his sexuality. His statement that the opera was written in response to US intervention in Vietnam must, I think, be accepted as true. Throughout the work we sense the overwhelming pressure of military history. The Wingraves date their glory days back to Crécy. Both Owen's and Kate's fathers were killed in India. James's original tale draws on his ambivalence towards the American civil war, which he viewed as necessary, yet during which two of his brothers were physically and psychologically scarred for life.


Owen Wingrave [DVD] [Import]

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ところで、ジェイムズの『オーウェン・ウィングレイヴ』が入っている創元推理文庫版『ねじの回転──心霊小説傑作選』の解説に、興味深い記述があった。「オーウェン・ウィングレイヴ/Owen Wingrave」の”Owen”はゲール語で、”戦士”を意味するのだという。そして”win”(手に入れる/勝利する)+”grave"(墓)。つまり──Owen win grave、「戦士が墓を手に入れる」と読めるのだ。
そう考えると、舞台となる──オーウェンが「戦う」──パラモア館(Paramore)も何かしら「意味」があるように思える。というより、『Guardian』の記事にあるように──Paramore is effectively a war zone──「そこ」は事実上の戦場なのである。オーウェンのような少年や少女は、どこにでもいる。

「軍人にならなければ、何をするつもりかね?」彼の友はそれだけを尋ねた。
「わかりません──何もしないかもしれません。どっちみち、大したことはしないでしょう。何か平和なことをやるだけです!」




ヘンリー・ジェイムズ『オーエン・ウィングレイヴ』 p.313