面白かった。スリリングだった。エキサイティングだった、確かに『メメント』より映像的に地味だけど、僕はこっちのほうに惹かれる。何より「推理小説的」に素晴らしい。イヤリングやハンマーといった小道具が十分に生かされている。張り巡らされた伏線も見事。最後の最後まで手を抜かない「ひねり」が推理小説ファンの心を捉える。そしてモノクロームの映像がフィルム・ノワール的なクールさを醸し出す。
ストーリーはパトリシア・ハイスミス的男と男の心理戦といえるだろう。ある売れない青年作家ビルは、何となしに意味もなく誰構わずに、「尾行」という孤独な「ゲーム」に勤しんでいた。
ところがある一人の男の「尾行」に失敗した──つまり「尾行」がバレてしまったのだ。しかしその男はビルに自分の「仲間」になることを提案する。コッブと名乗るその男は実は空き巣/泥棒だったのだ。といっても金が目当てではない。快楽のために空き巣を行っていたのだ。エレガントにスーツを着こんだ犯罪者コッブは、哲学的とも言える犯罪美学を持っており、空き巣/盗みは忍び込んだ家の住民が心理的な不安と疑心暗鬼に陥ることを目的とした「ゲーム」だった。そんなビルのゲームとコッブのゲームがクロスしたとき、一人の女が現われ、やがて張り巡らされた「罠」に「誰かが」絡め取られていく……。
まあこんなストーリーであるが、そうはいってもこの作品も『メメント』と同様、時系列がバラされ、何が起こっているのかが最後の方まで見当がつかない。その綱渡り的な展開が強烈なサスペンスを生む。
あまり書くとネタバレになってしまうので一つだけ印象的だったシーンを。ビルがコッブの「ゲーム」に参加し、二人で取るに足らない物を盗んでくるようになる/コッブの助言に従い、ビルはイメージチェンジを図る/すなわち長髪だった髪を切り、コッブのような上質なスーツを着る/そして他人の家から盗んできた物を並べる/ビルは不思議な表情を浮かべる/そこにノルタルジックなピアノの音楽が響き渡る……そのシークエンスが何とも言えない詩的な雰囲気を漂わせていた。それはアイデンティティの混乱に晒された不安だろうか、それとも生まれ変わった喜びだろうか。なんだかトム・リプリーがディッキーの服を着て鏡を見ているシーンを思い出した。