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企業革命と複数の未来


最近は本といえばビジネス書ぐらいしか読んで/読めてなくて、小説なんかの感想もなかなか書けないのだが、ちょっと面白いビジネス書があったので、簡単にメモしておきたい。
ゲイリー・ハメル著『リーディング・ザ・レボリューション』(鈴木主税+福嶋俊造 訳、日本経済新聞社、2001年刊)*1

リーディング・ザ・レボリューション

リーディング・ザ・レボリューション


著者のゲイリー・ハメルは『ハーバード・ビジネス・レビュー』の常連で、マッキンゼー賞を四回受賞、「経営論における guru 」と目されているという。ロンドン・ビジネススクール、ハーバード・ビジネススクールでの研究だけではなく、コンサルティング会社「ストラテゴス」の代表もつとめている。
そんな彼の主張を一言で言えば……「反乱せよ」だ。四章からなるそのサブ・タイトルは、

  1. 革命に立ち向かおう
  2. 革命を見出そう
  3. 革命を起こそう
  4. 革命を持続させよう

別に「赤い」本じゃなくて、それこそ株主の利益を最優先し、いかにして競争に打ち克つのか、と鼓舞するものだ。しかしながら、哲学者の名前が頻出したり、IT企業の市場参入のところでクラウゼヴィッツの『戦争論』に触れるなど、読み手のプライドをくすぐるところがある。一部引用しておこう。

企業は未来の可能性に備える以上のことをする必要がある。つまるところ、目的は将来を予測することではなく、自分に何ができるかを想像することだからだ。


未来につきものの不確実性にたいする反応として、俊敏な対応もある。戦略的な柔軟性は、不確実性の時代には望ましい要素だ。移り変わりの激しい世の中で、すみやかに製品や流通チャネルや技術を変更していくのは企業にとって必須の条件だ。
しかし、迅速に行動しさえすれば、根本的に新しいビジネス・モデルが不要になるわけではない。機敏に行動するのは、確かに大切なことだ。だからといって、それだけに気をとられていると、いつまでたっても後発企業のままだろう。革命の時代には俊敏さだけで勝負する企業が栄えることはできない。


企業が未来を展望できない理由は、未来を予測できないからではなく、未来を想像できないことに起因する。好奇心と創造性が欠けているのが問題で、明晰さとは関係がない。したがって、「未来」と「想像できないこと」の違いや次に何が起こるかを知ることと次に何があるかを想像することとの違いを知るのはたいへん重要なことだ。


「たった一つの未来」というのは、表現の上でも間違いだ。未来は一つではない。確かに、予測が容易な未来もある(地球は明日も自転しているだろう)が、歴史の必然をもとにして推測できる事実は圧倒的に少ない。イケア、イーベイ、セフォラなどが出現したことは、歴史の必然的な結果ではない。未来は、独立した数百万の要素がからみあってつむぎだされるものだ。
美術の世界でのキュビスムの登場、文学の世界での脱構築主義の登場は、歴史の必然だったのだろうか。大局的に言えば、そうかもしれない。しかし、キュビスム脱構築主義が歴史のある段階で登場したのは、断じて必然的な結果ではない。



(中略)



長期的な視点をもって、慣習にとらわれていないものを見つけよう。これまで想像されたことのないものを想像してみよう。イノベーションは、視点を変えたり自分自身が変わったりすることが出発点になるのだ。ものの見方や自分自身を変えようとしているうちに、それまでとは異なったものが見えてくる。異なったものが確認できたら、これを深く信じることも大切だ。そうすればたぶん、あくまでも推測だが、異なったものをつくりあげることもできるだろう。



(中略)



革命の時代に最も危険なセリフは「知る必要がある」である。だが、そもそも必要と不必要の判断をどんな基準で下しているのだろうか。どんなことにも驚けるように、いつも新鮮な気持ちでいること。いまは知らないけれど、将来知る可能性があることは、いまも将来も知る可能性がないことよりも重要である。革命家は、新しいもの好きでなければならないのだ。




『リーディング・ザ・レボリューション』 p.161-165

ところで、ゲイリー・ハメルが「革命的」として、その「イノベーション・スタイル」を称揚した企業の一つがエンロンEnronであったことは、いちおう記しておきたい。

社内で持続的なイノベーションを実行する能力を巧みに制度化した点では、エンロンの右にでる企業はない。アメリカを代表するビジネス誌『フォーチュン』が、エンロンを五年連続してアメリカにおける最も革新的な企業に選んだのも納得のいくことだ。


核融合反応の原子をコントロールすることはできない」と、ケン・ライスは述べた。エンロン・キャピタル&トレード・リソース(ETC)の責任者をつとめていたときのことだ。ETCは、全米トップの天然ガスと電力の売買企業だ。ライスは、黒いTシャツ、ブルー・ジーンズ、カウボーイ・ブーツで身を包んでいる。オフィスの白板には、ビジネス・ユニットを原子炉と見なした箱の絵が描かれている。箱の中の小さい円は、社内で「コントラクト・オリジネーター」と呼ばれる、取引をしたり新しいビジネスを創造したりする契約社員をあらわしている。円には矢がついているが、ライスの絵では矢がそれぞれ違った方向を示している。この絵について、ライスは「スタッフには自分の行きたい方向へ行くように指示してあります」と説明する。



(中略)


エンロンは大胆かつハングリーで創造的な契約社員を雇い、担当地域や分野を決めて配属した。契約社員に求められたのは、金儲けの方法を見つけだすことだけだった。商売のアイデアが見つかれば、あとは経営資源を提供し、許認可権をもつ社内の関係部署に働きかけて調整するだけだった。
典型的な流れは、財務部(外部からの資金提供)、ポートフォリオ管理部(自社の貸借対照表にかかわる部分)、リスクマネジメント部(相手方の信用リスク、価格や金利の変動リスク)、法務部(契約の分析と法律上のリスク)のような部署から許可を取りつけることだ。こうした管理システムは、自社のイノベーションのエネルギーが広まるにつれて発生する不安的な状況を整えるのに役立った。世界のエネルギー市場を変革しようとする野心と、担当者に与えられる個人的な報酬が、積極的な活動の原動力である。




『リーディング・ザ・レボリューション』 p.282-284

*1:Gary Hamel"Leading the Revolution"(Harvard BusinessScholl Press, 2000)