HODGE'S PARROT

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レイザーラモンHG、ハードゲイ・トラブル フー!!




『HG/RAZOR RAMON HG』(竹書房)を購入。この「国産ハードゲイ・ビジュアル本」を楽しく鑑賞している。

レイザーラモンHG

レイザーラモンHG

フロント(前、表)だけではなく、バック(背、後)も見せてくれるのが、いい。鍛えているセクシーな「背筋」を、これでもかと魅せ付けてくれる。何より「生き生き」としたハードゲイパフォーマティブな行為の数々が、とても面白いのだ。
本書に見られるように、その「ハードゲイ性(HG)」でもって、日本国内を──そして世界を──大いに撹乱してくれることを期待している。

そのうち「ハードゲイ・フィギュア」も登場するかもしれないな。

Razor Ramon "Hard Gay" Sumitani's cutting humor parodying stereotypical homosexuals has made him a firm favorite of Japan's fickle schoolgirl fans, according to Asahi Geino.


Looking akin to an outcast from the Village People, clad entirely in black leather -- a body-hugging, sleeveless, shirt, micro-hotpants and a studded black cap -- and his every move accompanied by Ricky Martin's "Livin' La Vida Loca" blaring out in the background, 29-year-old Razor Ramon is fast becoming one of the most recognized faces on Japan's small screen.



Razor Ramon slices along Japan's cutting edge [MSN-Mainich Daily News]


レイザーラモンHGについては、以前も書いたように、僕は彼のファンであり、支持/リスペクトしている。


ところで、この本を読んで、「僕もハードゲイ・スタイルでキメたい」と思ったのだが、よく考えたら、レイザーラモンのように身長182cmで鍛えた肉体だからこそ「似合う」のだということをすっかり失念していた。男性/ゲイならば、誰でも「ハードゲイ(HG)性」をまとえるか、というのは結構シリアスな「問題」なのである。

Hard Gay's beyond-the-pale antics position him closer to the anime/manga species of characters than they do to his fellow comedians. The gay thing is so stylized that it's impossible to take it at face value. Bondage freaks who dress this particular way make up a subculture that seems as corny as the Village People's "Greatest Hits." He's a stereotype in appearance only.




How gei can one get? 'Pretend gay' is as far as it gets [The Japan Times]

始原的(オリジナル)で一次的なジェンダーアイデンティティという考え方は、異装や、服装転換(クロス・ドレッシング)や、男役/女役のアイデンティティという性スタイルなどの文化実践のなかでは、しばしばパロディ化されている。




ジュディス・バトラージェンダー・トラブル』(竹村和子 訳、青土社)p.241

ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱

ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱

海外ハードゲイ・タッチな本

Hard Gay, a hardbody dressed in stereotypical S-M couture: black-leather hot pants, tight sleeveless zippered leather jacket, Beatle boots, big motorcycle sunglasses, and a leather cap.



How gei can one get? 'Pretend gay' is as far as it gets [The Japan Times]

という「定義」に従って、Amazon で買えるハードゲイな書籍をセレクトしてみた。



Roughed Up: More Tales of Gay Men, Sex, and Power

Roughed Up: More Tales of Gay Men, Sex, and Power

Black Gloves, White Magic (Boner Books)

Black Gloves, White Magic (Boner Books)

The Citadel

The Citadel

Tales from the Bear Cult

Tales from the Bear Cult

Leathersex: A Guide for the Curious Outsider and the Serious Player

Leathersex: A Guide for the Curious Outsider and the Serious Player

The Leatherman's Handbook: Silver Jubilee Edition

The Leatherman's Handbook: Silver Jubilee Edition

Leathersex Q&A: Questions About Leathersex and the Leather Lifestyle Answered

Leathersex Q&A: Questions About Leathersex and the Leather Lifestyle Answered


Kyle Stone の『The Citadel』は「英語の勉強のために」読んだことがある。以前は「BADBOY」シリーズで出ていたもので、(多分)紀伊国屋の洋書売場で見つけた。

Like a Hard Gay




ハードゲイな音楽と言えば、何よりもまず、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドFrankie Goes To Hollywood だな。『リラックス』最高!

Relax

Relax

デュランデュラン/Duran Duran の『Wild Boys』にもハードゲイ・テイストを感じる。サウンドもそうであるが、メンバーがハードなイメージを前面に出しているPVも必見。

Hard Gays never lose it
Hard Gays never chose this way
Hard Gays never close your eyes
Hard Gays always shine! Woooo!!

Decade-Greatest Hits

Decade-Greatest Hits

グレイテスト [DVD]

グレイテスト [DVD]

それと国内のインディーズ・レーベルから、Love Child というグループによる「クルージング・クルージング」(CRUISING2)というCDが出ていた。曲はゲイの「クルージング」をテーマにしたダンス・ミュージックなのだが、カヴァー・ジャケットにハード・ゲイのキャノン(正典)とも言うべき、トム・オブ・フィンランド(Tom of Finland)の作品が使用されていた。強烈なやつだった。


……と書きながら、ちょっと思いついた。もしかすると、マドンナも「この系列」なのではないか。

Like a Virgin

Like a Virgin

「ラッキー・スター」は、マドンナにとって新境地を開くビデオとなった。白く輝く抽象的な空間を背景に、マドンナと二人の無表情なダンサーがシンクロした動きでモダンなキックとステップをくりかえす。ファッションはごたまぜで黒一色、リボン、シースルーのネット、指先を切りおとしたレースの手袋、手首で揺れるバングル・ブレスレット、じゃらじゃらしたイアリング、チェーン、十字架、パンクブーツ。このファッションはアメリカの思春期の少女たちのあいだに爆発的なブームを巻き起こした。


マドンナは、へそを見せつけながら、煙ったような、だか突きさすような目でカメラを見すえ、挑発しつつも人をよせつけない視線を投げかけている。また、このビデオでは、マドンナならではの即興的なフロアショーという驚くべき才能の片鱗ものぞかせている。MTVアワードの授賞式に初登場したときは、白いレースのウェディングドレスに身を包んだマドンナがステージ上でこれでもかと転げまわり、ヘビのように身体をくねらせて、最前列の観客をすっかり困惑させていた。




カミール・パーリア『セックス、アート、アメリカンカルチャー』(野中邦子 訳、河出書房新社)p.23-24

かつてマドンナがそうであったように、「ハードゲイ・ルック」は、今日の日本の少年たちにブームを巻き起こすだろうか。

Confessions on a Dance Floor

Confessions on a Dance Floor

BLACK ANGELS, Danse bacchanale




クラシック音楽でハードなやつ。
ジョージ・クラムの『ブラック・エンジェルズ』なんてどうだろう。

Crumb/Webern/etc;Black Ange

Crumb/Webern/etc;Black Ange

とくに、いきなり始まる「電気昆虫の夜」(Night of the electric insects)。まるで痙攣のようなハードな運動性。聴いてるほうも、唖然として、引き攣る。
「イチ、ニ、サン、フー!!」

Tom of Finland, アートとしてのハードゲイ



トム・オブ・フィンランドのエロティシズムは、ゲイ・アートの最右翼とも言うべきものだ。「古典」として鑑賞したい。


Tom of Finland: His Life and Times (Stonewall Inn Editions)

Tom of Finland: His Life and Times (Stonewall Inn Editions)

ハードゲイ理論、ハードゲイ哲学

フーコーは続けて、「ジイドがギリシアにいたら禁欲の哲学者になっていたでしょう」と推測する。同じ手を使っていうと、セネカがサンフランシスコにいれば、ゲイ・レザーマンに──あるいは、女役のマッチョに──なっているだろう




デイヴィッド・M・ハルプリン『聖フーコー』(村山敏勝 訳、太田出版)p.150-151

フーコーが、抵抗の実践を公式化するのを拒否し、その制度化にはなおのこと反対したのは、まさにこのためだった。しかし同時に彼は、現存の抵抗の技法を、ただの支配モードの焼き直しと解釈したり、ゲイのサブカルチャーの実践に、抑圧的社会体制の反復とか再生産しか見ないといった類の論理には、はっきりと異議を唱えた


「ええ、ええ、知っています。男と一緒に住むのはブルジョワ的、トイレでこそこそ愛し合うのはゲットーの受け入れ、バスハウスで愛し合うのは消費主義、というのですね。この手の言説は政治的なふりをしていますが、ただよく分かっていないだけです」。


しかしこの種の批判に対する答えがなくても、フーコーの政治に関する著作を読めば、彼がどう答えたかを暗示することはたくさんみつかる。というのもこの批判は、フーコーが全力で拒絶したイデオロギー傾向に、おそらく無意識のうちに依拠しているからだ。つまり、「真に」ラディカルで抵抗的なのはなにか、ラディカルに「見えている」だけで、実際は避けようとしているはずの敵に取り込まれてそこに改めて組み入れられているのがなにかを決定するために、理論的物差しを発明し、適用しようという傾向である

(中略)


われわれが絶対望んでならないのは、文化的抵抗のなんらかの物差し、あの実践この行為が、ほんとうにラディカルな変革をもたらすのか、真にクイアーであるのかを決定するための試験薬を編み出し、普及させることだろう。そんなことをすれば、最終的な権威を持った知と、教えるべき規律ができあがってしまう




ハルプリン『聖フーコー』p.165-167

ゲイ男性のジム・ボディはだから、その見た目の美しさに加えて、自分の欲望の対象として広告する方法である。ゲイの筋肉は力を意味しない。それは、きつい肉体労働が生み出す種類の筋肉には似ていない。まったく逆に、ゲイ男性のジム・ボディの、誇張され、神秘的な、磨き立てれ、細心に彫られた肉体は、有用性を追求して生まれたものではなく、実際的な機能はまったくない。ジムでしか作られないような筋肉なのである。


それらはエロティシズムをかきたてるように緻密に設計されており、まさに欲望を請い求めつつ、ストレートの男性性の視覚的規範を自分からこれ見よがしにひけらかし、挑発する。この規範は、ストレート男性の美はさりげなく、ふとした隙に見せるべきもので、自分の戦略をけっして認めてはならないといって、男性的な自己顕示に慎重さを強いるものだ。


フーコーの『監獄の誕生』の仮説通り、近代規律社会は、破壊する予定のものをまず可視化する、というなら、ゲイ男性のボディビルダーは、彼らのエロティックな欲望を身体の表面に書き込むことによって、倫理的企てを追求してあえて社会的リスクを自らにさらすばかりか、近代の規律メカニズムそのものに公然と反抗しているという意味で、あらゆる人のためになる政治的に価値のある仕事を果たしているといっていいだろう




ハルプリン『聖フーコー』p.170-171

聖フーコー―ゲイの聖人伝に向けて (批評空間叢書)

聖フーコー―ゲイの聖人伝に向けて (批評空間叢書)

Saint Foucault: Toward a Gay Hagiography

Saint Foucault: Toward a Gay Hagiography




ハードゲイの愛こそが究極の愛だと、私は信じていますよ〜。
だけど、HGの恋人は、一生現れないような気がします。好きなアイドルに恋人ができてしまうと気持ちが冷めてしまうように、HGが誰かのものになったら、私を好きといってくれる人が冷めてしまう気がするので。恋愛を求める気持ちはありますが、HGが幸せになってはいけないと思うんです。
HGは、いつまでもみなさんの手が股間に届く存在でいたいんですよ。大丈夫です。HG,孤独には慣れてますから。



レイザーラモンHG『HG』p.129-130