HODGE'S PARROT

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民族? ソレガ一体ドウシタト言ウンダ? 国家? 知ッタコトジャネエヨ



広野伊佐美『幼児売買 マフィアに侵略された日本』は、幼児、主にアジア周辺国、中南米の子供たちを、その性を搾取するための「現代の奴隷」としてだけではなく、臓器摘出用の「生贄」として売買している人物たち──著者である広野氏は”悪魔”と呼んでいる──の存在を取材したルポルタージュである。1992年に発行された。
著者は、知り合いの空港関係者との何気ない会話──成田空港に赤ん坊ばかりの集団が月に数回の割合で降り立つという出来事、大半が男児で、付添の両親や出迎えの家族がいないという事実、そしてどこかの航空会社の制服を着た外国人男性や日本人の中年女性がその子供たちを両脇に三、四人ずつ抱え特別待合室に駆け込み、その後、欧米行のフライトに乗り継いでいく事態──にジャーナリストとしての勘が働く。そして入管、税関職員、空港関係者とコンタクトを取り、「謎のベビー集団」が実は幼児売買に関わっていることをつきとめていく……。
以下に引用するのは、著者が取材した暴力団幹部、外国マフィア、児童保護関係者、NGO職員(あるいは関係団体の報告書等に掲載された記事)らの証言の一部である。『幼児売買』というタイトルを持つこの本が投げかける問題を端的に表している。

一体、子供を一人いくらで売るんだ。「まぁ、相場は百万円ってとこかな。でも、日系、つまり日本の商社マンらが現地の女性に産ませた混血児は、勤勉で優秀な血筋として倍で売れる。その子らは、幸せな未来が待っているよ」


まるで商品じゃないか。日系が一番高いのか?「違う。超人気商品は金髪で青い瞳の子さ。アジアにはタイ、フィリピンなどに、米兵の落としダネがいる程度で、数は少ないけど、この手は二万ドル(二百六十万)以上はする」


『観光資源が全くないラバンダ市にスイス、ノルウェーなど欧州人が多数入り込み、子供を買いつけている。うち一人が高額の米ドルで三人の子を買ったことを確認している』『ブラジルとの国境近くの農村で、三人の子を欧州に連れ出そうとした仏人を逮捕。その背後で、ブラジルの弁護士が仲介業務を行い、一人当たり二千ドルの報酬を得ていた』『ポサーダス市では、麻酔をかけられ、知らぬ間に帝王切開され、子供を奪われた、と告訴した母親がおり、現在、裁判で争われている』『ロサリオ市では、未婚女性が生活の保証を受ける代わりに、事実上軟禁状態に置かれ、売買用の子供を出産させられている』(『幼児売買調査報告書』より)


『フィリピンは、血縁関係のない第三者が提供する生体腎移植が合法とされているし、囚人はドナーになれば減刑されるうえ、カネまでもらえるとあって、希望者が殺到している。それを、マニラ在住の日本人ブローカーが買い集め、日本から呼び寄せた患者に移植しているんだ』
『インドじゃ、生体の腎臓が三万ルピー(二十四万円)、角膜が八万ルピー(六十四万円)で、年二千件以上売買されている』
『四人のトルコ人の腎臓が三千ポンド(七十万円)で売買され、三人の医師が関与していた』
『六歳のエジプト少女が誘拐され、犯人は医師を買収して腎臓を摘出させ、売り飛ばした』

豪州を代表する心臓外科医、ビクター・チャン博士*1がアジア系の男二人に射殺された事件が発生*2。「あの事件で、捜査当局は、ある国際臓器密売団がチャン博士を移植手術のスタッフとして、抱き込もうとしたが、拒否され、口封じと見せしめのため暗殺した、と見ているよ」


「幼児も、臓器も、確かに商売として扱っているけど、売買というよりも、日本語で言う”相互扶助”ってヤツですよ。子供のいない人といらん人、内臓疾患に苦しんでいる人とカネがなくて困っている人……の間に立って、手助けしているだけです。お互い喜ぶワケだし、他人には誰にも迷惑をかけない。とってもグーね」
「何と言われても構いません。あくまでもビジネスなんです。日本の商社だって、発途上国に乗り込み、カネの力で土地を買収したり、乱開発で自然破壊したり、現地住民を安い賃金で酷使しているじゃないですか。」
「日本人は金持ちが多い。さらに腎臓病で人工透析を受けている患者が約十万人、うち約三万人は移植希望者なんです。でも脳死の容認問題が未解決で、なかなか移植できないのが現状でしょう。こんな魅力的な巨大市場は、他にそうはありませんよ」
「日本で病院経営することは考えています。通常の経営でも儲かるし、脳死が認められれば、堂々と移植手術もできる。クスリは入手しやすいし、交通事故の偽造診断書もお手のモノ。いいことずくめだから、他のシンジケートや、日本のヤクザだって狙っていますよ」


「香港の(最大のマフィアである)三合会を発展させたのは、実は、日本政府なんです。戦時中、香港を占領した日本は、三合会を弾圧するどころか、逆に大東亜共栄圏構想の実現に協力する団体として組織化し、アヘン売買の独占権を認めたうえ、麻薬や売春、ギャンブルなどの収益を山分けしたんです」


「東南アジアと中南米が子供たちの二大供給地かな。あまり歓迎すべきではないと思うけど、二十一世紀を担う子らを、貧困から救うには国際養子縁組しかないじゃないか。それを売買だからいかんとか悲劇だというなら、そうした現状を作り、放置している政治を非難すべきだよ」


中南米は敬虔なキリスト教徒が多く、妊娠中絶はできないし、意外と私生児出産に寛容だ。それに、実は、母親が子供を売り飛ばすことを禁じた法律がない国が多いし、政府の監視も緩い。アルゼンチンなどは、国民の九割が欧州系で、超人気商品である金髪、青い瞳の子がゴロゴロいる。まさしく、三拍子そろった幼児売買の”宝庫”なんだ」


「かつては、合法的な養子縁組が盛んな韓国とかフィリピンが中心だったけど、今は両国政府がうるさくなり、それに伴って値上がりしたんで、タイやインド、スリランカに主役が移っている。あの辺は紛争が続いていて、ストリートチルドレンがいくらでもいるからね」


「まず、現地にいる仲買人が親にカネ払って、子供を買い集めてくる。だいたい、こちらの注文通りに揃うよ。あとは現地と受け入れ国双方の弁護士や裁判官、入国審査官らを買収しているから、きちんと手続きしようが、書類を偽造しようが、思いのままだ」


「南米では販売用の”乳児アルバム”まで出回っているよ。ある大病院が作成しているんだが、子供の実の親には『死産だった』と通知し、生まれた子は病院がひそかに保管する。取引が成立すると、病院自身が買い手の実子として、手続きする。常時、十数人の赤ん坊がリストアップされていて、人種や血液型、両親の氏名から生活状況、三代さかのぼった病歴まで詳細なデータがついている。買い手が品定めできるんだ」


「それどころか、スリランカには”赤ちゃん牧場”まであるよ。オーナーが国内の病院や民家を回り、妊娠初期の貧しい女性と、子供を手放す契約を結ぶ。成立すれば、女性が農場で手厚い看護と温かい食事、それに毎日百ドルの手当てをもらえるんだ」


「インドやスリランカは酷いよ。欧米や日本の医療機関に出回っている研究用の骨格標本の八割は、実はインド産なんだ。乳幼児や胎児のもある。一応、生前に契約してカネを払い、死後受け取るシステムになっているが、注文通りに、そう都合よく死ぬものかね」


「ヒロノさん。これだけは言って置きますよ。人間の体って心臓や腎臓、肝臓など臓器だけではなく、毛髪や皮膚、大量の血液など、全くムダがないんですよねぇ……」

幼児売買―マフィアに侵略された日本

幼児売買―マフィアに侵略された日本


この広野伊佐美 著『幼児売買 マフィアに侵略された日本』の解説は、小説家の船戸与一が書いている。実は、この本を読もうと思ったのは、先に船戸与一の解説の文章の一部を読んだからだった。井家上隆幸『20世紀冒険小説読本 日本篇』にそれが引用されていた──スパイ小説、情報・謀略小説で描かれた出来事を実際の歴史、事件と照応させながら読むというスタンスのこの本には、これまでにも様々な示唆を得てきた*3。「中国の少数民族」と題された章で、船戸の他の作品ともに論じられていた。『幼児売買』の解説で船戸は次のように書いていた。

民族とか国家とか近代史が創りあげた概念が、いまあちこちで食い齧られ、ずたずたにされつつある。第三世界と呼ばれた地域から夥しい人間が群れをなして動き、それが資本制の拠点へと吸いこまれていく。社会学者たちの控え目な試算でも、難民と呼ぼうと外国人労働者と謂おうと、濁流のようなこの人の流れは世界中で確実に一億人を超えるのだ。地球規模で拡がったこういう集合離散の流動体は、もはや第四世界とでも名づけるしかない。彼らは生き抜くために体を張った実践のうちに従来の帰属意識を霧散させ、定型化を拒む新たな価値観に向かって邁進しつつあると断じてもよかろう。そして、それは無意識のうちに近代そのものへの復讐として機能することになるのだ。
民族? ソレガ一体ドウシタト言ウンダ? 国家? 知ッタコトジャネエヨ。
こうした感性は、近代史の矛盾を突破するかに見えた第三世界論すら荒々しく踏みにじっていくかも知れない。正と負が逆転するのだ。

資本制の本拠地から植民地へという近代の人の流れが、完全に引っくりかえる。アメリカ合衆国や旧・西ドイツで労働力補充とそれに付随する問題として捉えられてきたこの動きは、拡大するにつれて明らかに変質した。従来の経済学が把握していた範囲を完全に超えてしまったのである。いまや歴史のなかにどのようなアナロジーも求められない状況なのだ。かつての認識はもはや何の役にも立たない。彼らは本能的に計数化されることを拒む。査証やら就労許可証やらの小道具も、散発的な効果を発揮するだけのことだ。近代が辿り着いた支配の最高段階テクノクラシーはこうして食いちぎられ、嗤いものにされていくことになる。
このような近代に対する報復とでも言うべき逆流を、部分的に手っ取り早くシステム化しようとするのは犯罪組織の連中である。彼らこそがもっとも時代に敏感だからだ。




船戸与一『幼児売買』解説より

1992年に刊行された本の解説で、船戸は、近代というものへ最も苛烈に復讐を企てているエージェントととして(国際)犯罪組織を挙げている。犯罪組織こそが「優れて」鋭敏な時代感覚を備えている、と。組織は直線的(ストレート)で硬直した構造を持ってはいない。そういった犯罪組織こそが、近代への復讐を栄養素として急膨張している──それに殉じる気などさらさらありはしないのに、だ。闇の中で近代と脱近代を架橋する機能を有しながら、しかも、前近代も意欲的に取り込んで、その基盤を揺るぎないものにしている。

……このことは近代と脱近代のあいだの障壁の静かなる撤去を意味しているのである。中世的色彩を帯びた犯罪組織への入会儀礼。裏切り者への死の制裁。街角でこれらがひそひそと囁かれるたびに、人は歴史の連関性やら伝統性やらを否が応でも感じざるをえないだけではなく、法律の網の目に窒息死かかっているじぶんを、近代的自我と名づけられたわけのわからない心的状況から、眼には眼をという古典的で明解な論理に向けて回帰させていけるのだ。
要するに、犯罪組織は時代の血を吸う悪辣な金儲けしか念頭にないにも拘わらず、知らず知らずのうちに時代と時代の決定的な亀裂や正面衝突を回避させてしまう役割を担っているのである。



船戸与一『幼児売買』解説より



[関連エントリー]

*1:Victor Chang http://en.wikipedia.org/wiki/Victor_Chang

*2:Victor Chang link to kidnapping case[smh]

*3:

20世紀冒険小説読本 日本篇

20世紀冒険小説読本 日本篇