HODGE'S PARROT

はてなダイアリーから移行しました。まだ未整理中。

「外注」される戦争と「認識管理」



民間軍事会社Private Military Company、PMC)について取材した、菅原出の『外注される戦争 民間軍事会社の正体』を読んだ。著者は東京財団のリサーチ・フェローで、他に『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』『日本人が知らない「ホワイトハウスの内戦」』などを出している。

外注される戦争―民間軍事会社の正体

外注される戦争―民間軍事会社の正体


2007年3月の出版なので、ブラックウォーターUSA は「一流の」大手 PMC として扱われているが、日本語で読める PMC に関する本としては貴重であり、いろいろと参考になった。


まずプロローグで、どうして民間警備会社のような「安全ビジネス」が流行るのか、という疑問に著者は明快な回答を記している。それは、
国家が国民に対して十分な安全を提供することができなくなったからだ。

増え続ける安全保障サービスのニーズに対して、一国家の能力だけで対応できる時代はすでに終わったといえる。そしてこの世界の新しい安全保障環境の中で、「彼ら」すなわちPMCの市場が猛烈な勢いで発展している。もちろんそこでは、戦争で培った能力や技能を商業的に活かそうと商魂たくましく蠢くユニークな連中がいる。彼らはたいてい軍のエリート部隊や特殊部隊、情報機関で長いあいだ実績を積んだ「安全提供」「リスク管理」「危機管理」のプロフェッショナルたちである。




菅原出『外注される戦争』(草思社) p.15


たしかに「ユニークな連中」が多く登場する。アメリカらしいというか、ほとんどITのベンチャー企業のようなノリで起業し、そういった「ぽっと出」の会社が政府、米軍の大型の契約を受注してしまう。そしてその急成長ぶりを『ウォールストリート・ジャーナル』が取り上げるも、しかし不正経理内部告発──元社員がテレビに出演したりウェブサイトで告発する──により「一発屋PMC」はあえなく破綻するという「いつもの」図式。

アメリカの、すなわち世界の安全保障が、こんなのでいいのか? というのはもっともな反応であろう。

もちろん本質的な問題は、武装しているとはいえ「民間企業」である PMC 従業員の法的地位の「曖昧さ」「グレーゾーン」にある。

PMC の民間契約者は、戦時国際法として戦争時の捕虜に対する扱いを定めたジュネーブ条約では、「非戦闘員」の分類に含まれると解釈される。
ジュネーブ条約は、戦争時の最低限の取り決めとして、「非戦闘員」である民間人や非武装の文官に対しては、虐殺をしないなどの人道上の配慮をするよう定めている。また制服を着た軍人である「戦闘員」に対しても、捕虜にした際には人道上配慮した取り扱いを義務づけている。


しかし「武装した民間人」「軍服を着用していない戦闘員」であるPMCの契約者たちは、そもそもこの伝統的な分類の外に置かれてしまう。つまり武器をもって戦ってしまうと、彼らはジュネーブ条約という重要な戦時国際法の定義に該当しない存在となってしまう恐れがあるのだ。
米軍の公式見解によれば、民間人が生来の権利としてもっている「自衛権」を行使している場合には「戦闘員」とは認められず、したがって犯罪者として裁かれることもない。しかし民間人が自衛権行使の正当性もなく、また国家の許可なしに殺傷力のある武器を用いた場合には、訴追の対象となる犯罪者と見なされる、というものである。





p.86


PMC は「防衛」(ディフェンス)で、正規軍は「攻撃」(オフェンス)という役割分担が「あいまい」になってしまったのが「対テロ戦争」の最前線のイラクである。PMCの請負は、情報任務や捕虜の「尋問官」にまで及ぶ。アブグレイブ虐待事件も「アウトソーシング」と無縁ではない、と著者は指摘する。法的に不明確な立場にある「民間の尋問官」の不正行為は、誰が責任を取るのか、誰がどこの法律で裁くのか。

もし軍人であれば軍法会議で裁かれることになるが、軍は「民間人」を裁けないため、CACI やタイタン社の契約者を裁く権限はない。「一九九六年・軍事域外管轄権法」という法律があり、米国外で軍隊と契約をしている民間人、従軍している民間人は、虐待事件のようなジュネーブ条約の条項に違反した場合には米国の法廷で裁かれることになっているが、この法律は国防総省と契約している民間人にのみあてはまり、その他の省庁、たとえば CIA や内務省などと契約している場合には該当しないという抜け穴がある。




p.150

ところで僕がこの本で何よりも眼を惹いたのが、ブラックウォーター社のような直接戦場で「戦闘員として」仕事をする民間軍事会社ではなく、しかし国防総省からの委託を受けて戦争の別の面である「心理戦」「情報戦」を請け負う、PR会社や「戦争広告代理店」の存在である。著者はこういったPR会社も広い意味で PMC であると位置づけている。
とりわけ民間のコンサルティング会社、レンドン・グループの存在だ。レンドン社と契約したブッシュ政権は、イラク戦争開始前に、戦争に対する米国民や国際世論を味方につけるため、大々的な情報戦・プロパガンダ作戦を行った。

レンドン・グループは、元民主党の政治運動家ジョン・レンドンが率いる会社で、9.11 テロ事件以降、五千六百万ドル(約六十七億二千万円)以上の仕事を米国防総省から委託されている、この業界では最大手の企業である。契約内容は、外国の報道の追跡調査(トラッキング)、米軍に友好的なニュースの「押し売り」、アメリカの立場を擁護するようなニュースの断片のテレビへの挿入の後押し、米軍駐留に賛成する支持票を確保するための草の根運動の創出・支援など、アメリカに対する一般的な認識(パーセプション)を管理(マネージメント)することである。




p.162-163


ジョン・レンドンは「認識管理(パーセプション・マネージメント)」「戦略的コミュニケーション」の専門家、すなわち情報操作の達人、メディア操作のプロである。この企業には「実績」がある。ブッシュ(父)は、パナマのノリエガ政権を打倒させる秘密工作を CIA に命じ、そして CIA は、この「業務」をレンドンに「外注」したという──その「見事な事例」が紹介される。湾岸戦争ではクウェート政府が顧客だった。この会社はクライアントに対するネガティブな報道・情報に対しては、すぐさま徹底した「相殺作戦/カウンターアタック」を取る。

ジョン・レンドンは言う。「現代の戦争において、結果というのは世論がその戦争をどう見るか、すなわちこの戦争は勝てるのか、戦う価値があるものなのかという価値判断を国民がどう下すかで決まるのである」と。




p.171


だからイラク戦争においても、国防総省に雇われた「民間会社」が、わたしたちの「認識/パーセプション」に影響を与えるための「業務」を行っていたのも当然である。

そしていまこの瞬間にも、大手メディアが報じる華々しい「スクープ」の陰に、レンドンのような「パーセプション・マネージャー」たちの存在があり、彼らがわれわれの「価値判断」を操作すべく暗躍しているという事実をしっかりと心得ておくべきである。




p.172



[関連エントリー]