HODGE'S PARROT

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ハンス・ヘニー・ヤーンとハンス・ユルゲン・フォン・ボーゼ

HODGE2007-01-02



temjinusさんのところでドイツの作家ハンス・ヘニー・ヤーン(Hans Henny Jahnn、1894 - 1959)が話題になっていて(『木造船』以外の全てのフランス語版ハンス・ヘニー・ヤーン全集を買った日本人!のエピソード)、そういえば僕も『十三の無気味な物語』読んだことがあるなあ、と懐かしく思った。


ハンス・ヘニー・ヤーンに関して、Wikipedia には、ドイツ語版オランダ語版しかなくて、日本語と英語の解説がないのが残念。やはりあまり読まれていないのかな、と。でも、「homo-erotische relatie als thema heeft」と書いてある部分は注目。

例えば「Famous GLBT」というサイト。ここはヤーンについて彼のセクシュアリティを交えたエピソードも紹介している。

At school he fell in love with a fellow student who became his best gay friend, Gottlieb Harms. His parents were shocked, but he insisted that Harms was the man he really loved.

Der Marmeladenesser

Der Marmeladenesser


『十三の無気味な物語』には確かに同性愛をテーマにした作品があり、そのことを種村季弘氏も解説で指摘しているが、それよりも眼を惹くのが、マインツで1973年に開かれた「ヤーン展」についての記述である。作家でありオルガン製作者もあった、この稀有な人物ハンス・ヘニー・ヤーンの、神秘家としてのポートレイトだ。

この展覧会を通じて大きく浮び上がってきたのは、ヤーンが属していたウグリノなる信仰結社の存在である。ウグリノとは何か。おそらく Ugrino=Urgino(始源的に生まれたもの)のアナグラムだろうが、結社のあり処として想定されている場所は、人界を孤絶した島である。後に音楽出版社ウグリノを設立した際の社標に由来にふれて、ヤーンはその輪郭を次のように記している。


「ウグリノという名は、とまれ勝手にでっち上げたものだ。それは想像上の国境によって地上の他のあらゆる国々から切り離されている国の名である。そこへ行くには、舟で海の只中にある門をくぐっていく。門はかならずくぐらなければならない。門以外はいたるところ危険な断崖絶壁だからだ。門のこちらもあちらも水であり、門があるからといって見た目には何も変わらぬようにみえるが、一つ違う点がある。境界をふみ越えると、地底が変わってしまうのだ。これは同時に追憶の門である。生の実質は門の背後にあっても同一であって、ただ断崖が切り立っているだけだ。これは、私の描いたウグリノ出版社の社標の門である。」


以上の記述の限りでは、外見からすれば、ウグリノはアルノルト・ベックリンの描くところの「死の島」に酷使している。しかし内実からすれば、それは世紀転回期前後に出現した、超越と変身の場たる数々のユートピア・コロニーの島=僧院を思わせないでもない。実際、ヤーンはこの島宇宙の上に建立されるはずの、教会や中心堂の設計図を引いているのである。だがそれはいかなる意味でもキリスト教的な信仰結社ではなく、神なき世界における、いわば無神論アナーキストの信仰結社である。
主要な綱領は、「ウグノリは芸術においては伝統を、人生においては人間存在の諸要素を、ふたたび開示しかつ根拠づけんとするもの」であった。




種村季弘 『十三の無気味な物語』(白水社)の解説より p.298-299

1923年に「ウグリノ信仰結社の利益保護のための協会」が結成されるが、1932年に解散(ナチスの政権奪取は1933年だ)。第二次世界大戦後の1946年に「ウグリノ新生団」として復活、そこからウグリノ出版社が独立する。1956年にヤーンが責任者となって、バッハ以前の作曲者の楽譜復元・出版を行う。リストにはブクステフーデやザムエル・シャイトに混じって、「殺人者」カルロ・ジェズアルドの名も挙がっている。


種村氏によると、ヤーンは戦後、無政府主義反戦主義の立場から原水爆禁止運動や反戦活動に積極的に参加したそうだ。



また、『ユリイカ』臨時増刊「ゲイ短編小説アンソロジー」所収、越智和弘氏による「暴力と優しさの超感覚──フーベルト・フィヒテと、そのホモ・エロスの系譜」を参照しよう。
フーベルト・フィヒテ(Hubert Fichte)は、ハンス・ヘニー・ヤーンを「同性愛エロスの、文学の、そして人生の師」と仰いおり、小説『思春期についての試み』でヴェルナー・マリア・ポッツィなる人物としてヤーンを登場させている。そこでは、ポッツィ=ヤーンは、次のように描写されている。

「ポッツィは、
人類史上初めて、臓器移植を予見した
人類史上初めて、交換輸血を予見した
人類史上初めて、環境汚染を予見した
人類史上初めて、ウィメンズ・リベレーションを予見した
人類史上初めて、ゲイ・リベレーションを予見した
人類史上初めて、学生革命を予見した
人類史上初めて、東ドイツの承認を予見した
人類史上初めて、毛沢東を予見した
当然のことのように」




越智和弘「暴力と優しさの超感覚」(青土社ユリイカ』1995.vol.27-13)より


「ウグノリ」についても書かれてある。越智和弘氏よると、「ウグリノ信仰共同体」は、「株式の代わりに寺院を、金銭の代わりに愛を」をモットーに、近代的文明社会を打ち壊し、市民的道徳観にとらわれない自由な性愛を確立することを提唱していた、ということだ。
そしてヤーンの最期。上記の「Famous GLBT」のサイトにも書いてあった、ゴットリープ・ハルムス(Gottlieb Harms)が1931年に亡くなると、「ヤーンは二人分の墓を掘らせ、自分もやがて彼のとなりに眠ることになると宣言する。

そして59年に死去したヤーンの遺体は、同性愛に反発する公衆の抗議をよそに、その意思どおりハンブルク=ニーンシュテッテンにあるハルムスの墓に隣り合って埋葬された。共に溶けて混ざり合いながら朽ち果てたい、と彼が表現した愛する男たちの夢は、ここに文字通り実を結んだのである。



越智和弘氏「暴力と優しさの超感覚」

Versuch ueber die Pubertaet

Versuch ueber die Pubertaet

  • 作者:Fichte, Hubert
  • 発売日: 2005/03/01
  • メディア: ペーパーバック



ところで、ハンス・ヘニー・ヤーンに関連して、ドイツの作曲家ハンス=ユルゲン・フォン・ボーゼ(Hans-Jürgen von Bose、b.1953)が『鉛の夜』を音楽化している。久しぶりに、ハンス=ユルゲン・フォン・ボーゼの『Die Nacht aus Blei』(wergo)──カップリングが『サッフォーの歌』(Sappho-Gesänge)、意図的なのだろうか──を聴いてみた。

Bose:the Night from Blei

Bose:the Night from Blei

  • アーティスト:Bose
  • 発売日: 1993/04/01
  • メディア: CD


ボーゼは「新ロマン主義」的な作風の作曲家なので、音楽自体は聴きやすい──アルバン・ベルクのような響き/残響がする……『鉛の夜』は『ヴォツェック』で、『サッフォー』は『ルル』かな。ハンス・ヘニー・ヤーンがオルガン製作者でもあったことを意識してなのか、オルガンが多用されるのが印象的だ。
それよりCDの解説で、いきなりこんなことが書かれてあって、いまさらながら驚いた。

Standing on a street corner, the 23-year-old Matthieu is told,"I am leaving you now. You must go on alone. You should explore this city which you do not yet know." Matthieu has been led to this point by Gari, his frend, his"angel", a homoerotic symbol of his own true nature. Life is presented as a never-ending search for identitiy, the slow and laborious discovery of one's self.




Heinz Josef Herbort(Tran. W.Richard Rieves)


[Hans-Jürgen von Bose]

Hans-Jürgen von Boses Musik zeichnet sich in den frühen Werken durch das Neben-und Ineinander von strukturellen und klangsinnlichen Elementen aus. Die Überwindung der seriellen Kompositionsweise und das Eintreten für eine subjektive Semantik wurde seit den Darmstädter Ferienkursen 1978 als "Neue Einfachheit" bezeichnet (dies galt auch für weitere Komponisten wie Wolfgang Rihm und Detlev Müller-Siemens u.a.), wobei die Konnotation dieses Begriffes die Strukturalität und die komplexe Zeitbehandlung der Kompositionen nicht abdecken konnte.
Die unter dem Schlagwort "Neue Subjektivität" bekannte Strömung setzte in den 70er Jahren, im Konsens gegen ein konstruktiv serielles Denken, erhebliche Impulse für einen neuen Materialbegriff, der sich von einem objektiven Materialverständnis abwandte. Mit der 1990 entstandenen Oper 63: Dream Palace beginnt von Bose mit verschiedenen, auch historischen, Stilelementen und Referenzen zu arbeiten. Die Heterogenität der Postmoderne wird somit durch die Verarbeitung unterschiedlicher Stilelemente reflektiert. Als ein Höhepunkt dieser Periode ist die Oper Schlachthof V (1996) zu sehen, deren Libretto auf dem Roman Schlachthof 5 oder der Kinderkreuzzug von Kurt Vonnegut basiert.

Die Brückenbildung zwischen Moderne und Postmoderne zeigt sich als ein signifikantes Moment des Boseschen Werkes.

ボーゼの作品は以前『Symbolum (1985)、...im Wind gesprochen (1984/85)、Labyrinth Ⅰ (1987)』(wergo)の感想を書いたことがある。こちらにも記しておこう。

Von Bose:Symbolum..Im Wind

Von Bose:Symbolum..Im Wind

  • アーティスト:Bose
  • 発売日: 1996/07/01
  • メディア: CD



まだそれほど多くの作品を聴いていないが(録音が少ない、入手できない)、ハンス=ユルゲン・フォン・ボーゼは、現在、最も関心がある作曲家である。なにしろフォン・ボーゼは、カート・ヴォネガットの小説『スローターハウス5』(Schlachthof 5)をオペラ化した人物だ。他にもツェランの『死のフーガ』、ハンス・ヘニー・ヤーンの『鉛の夜』、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』、ジェイムズ・パーディ『63:ドリーム・パレス』等、そのテクストのチョイス、その関心の方向性に惹かれるところがある。
Schlachthof 5 oder der Kinderkreuzzug

音楽的には──例えば新ウィーン楽派のそれぞれ個性的な3人のドデカフォニスト(シェーンベルク、ベルク、ウェーベルン)の中では、ベルクの影響が大きいようだ。
また新ロマン主義に見られるノイズィーな音響の中に漂う甘やかなメロディー、繊細で微妙な色彩変化、様々な技法をモンタージュのように折衷する方法も、彼の音楽に特徴的に現われる。これはベルント・アロイス・ツィンマーマン、ジェルジュ・リゲティ、ブライアン・ファニホウらの影響、とくにツィンマーマンの引用も含めた「多元性」を持つ音楽、あるいは「折衷的」な音楽から多くを得ているからであろう。
そのことから──そして古典のゲーテやサッフォーからヴォネガットのようなSF的な現代文学を同列に、分け隔てなく、さらりとオペラ化してしまう、その柔軟な感性から──フォン・ボーゼは、いわゆる「ポストモダン」的な作曲家と言えるかもしれない。

『Symbolum』はオルガンとオーケストラのための作品で、重厚なオルガンが印象的だ。響きも多彩で全体的にミステリアスな雰囲気が横溢している。


『...im Wind gesprochen 』は何よりテクストが特徴的である。聖書、ジョルダーノ・ブルーノ、ソフォクレス(翻訳はヘンダーリン)、ハンス・マグナス・エンツェンスベッガー等、そのメッセージ性を帯びたテクストだけで強烈な作風が予想される。事実強烈な音楽で、男性の力強い、怒鳴り声にも似たヴォーカルでその音楽はスタートし、オルガンと打楽器が激しく打ち鳴らされる。
この曲は3部に分かれているが、第2部は一転、ソプラノ独唱、合唱、ベルの音が瞑想的な雰囲気を醸し出すスタティックな音楽になっている。そして3部で再びテクスト(朗読)と歌が渾然一体となったドラマティックな音楽に変わる。ここではテクスト(声)と音楽(楽器)の絡みが絶妙で、独特の効果をあげている。


『Labyrinth Ⅰ』はベルリン市制750周年を記念して書かれ、作曲家のアーリベルト・ライマンに捧げられている。そういえばライマンも特徴的なテクストを伴った音楽を創出する作曲家であった。ただこの曲は、いかにも現代音楽風、つまり不協和音バリバリ、複雑怪奇な音響、アンチ・クライマックス、ベルク風の暗鬱な表出力を強烈に感じさせるもので、とても「お祝い事」の音楽には聞こえないのだが……評判はどうだったのだろう。


Musik in Deutschland 1950-2000 Vol. 171

Musik in Deutschland 1950-2000 Vol. 171

  • アーティスト:Various
  • 発売日: 2003/09/09
  • メディア: CD
Musik in Deutschland 1950-2000 Vol. 158:

Musik in Deutschland 1950-2000 Vol. 158:

  • アーティスト:Various
  • 発売日: 2004/11/10
  • メディア: CD