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「我働く、ゆえに我あり」が新フランスの民主政治なのか?



ニューヨーク・タイムズ』に興味深い記事が載っていた。最近のフランスの社会・政治状況に関するものだ。


New Leaders Say Pensive French Think Too Much [The New York Times]

このアメリカの新聞は、フランスという国を紹介するのに、まず、ルネ・デカルトジャン=ポール・サルトルという哲学のセレブに言及する。何と言っても「我思う、ゆえに我あり」(I think, therefore I am)が伝統の国なのだから。

しかしニコラ・サルコジ大統領率いる新政権は、この「由緒ある伝統」に反旗を翻す。その先頭に立っているのが、クリスティーヌ・ラガルド経済財務雇用相(Christine Lagarde、1956年生まれ)だ。

In proposing a tax-cut law last week, Finance Minister Christine Lagarde bluntly advised the French people to abandon their “old national habit.”


“France is a country that thinks,” she told the National Assembly. “There is hardly an ideology that we haven’t turned into a theory. We have in our libraries enough to talk about for centuries to come. This is why I would like to tell you: Enough thinking, already. Roll up your sleeves.”

減税案を打ち出した財務相は、フランスの「古い慣習」を捨て大いに働きましょう、と国民に訴えた。考えること・思索(thinking)はもう十分、そんなものは図書館にいっぱい詰まってるじゃない、と。

Citing Alexis de Tocqueville’s “Democracy in America,” she said the French should work harder, earn more and be rewarded with lower taxes if they get rich.

彼女はアレクシス・ド・トクヴィルの『アメリカの民主政治』を引用する。もっとたくさん働いて、もっとたくさん稼いで(でも税金は少なくね)、リッチになること──フランスが目指すのはこれだ、と。


ラガルド氏は、弁護士として米シカゴに本拠地のある法律事務所「ベーカー&マッケンジー」で女性初の幹部になり、『フォーブズ』誌の「most powerful women」にも選ばれた経歴の持ち主。フランス人でありながら「アメリカ的」な人物のようだ。ウィキペディアによると、彼女の専門は反トラスト法(競争法、Competition law)と労働法だという。

Intervention Christine LAGARDE


→ Christine Lagarde [Wikipedia en]

→ Baker & McKenzie [Wikipedia en]



ぐだぐだ「考える」より具体的な成果を出そうというその姿勢は、もちろん、サルコジ大統領とも通じる。フランス的知性? そんなのは時代遅れだ。

Certainly, the new president himself has cultivated his image as a nonintellectual. “I am not a theoretician,” he told a television interviewer last month. “I am not an ideologue. Oh, I am not an intellectual! I am someone concrete!”


ところでそんな「新フランス体制」にピリピリしているのが、フランスの知識人階級(intellectual class)だ。
かつての新哲学派の旗手ベルナール=アンリ・レヴィは異議を唱える。「馬鹿者(morons)の戯言だ、閣僚がこんなことを言ってのけるなんて、(近代)フランス史上初めてのことだ」

“This is the sort of thing you can hear in cafe conversations from morons who drink too much,” said Mr. Lévy, who is so well-known in French that he is known simply by his initials B.H.L. “To my knowledge this is the first time in modern French history that a minister dares to utter such phrases. I’m pro-American and pro-market, so I could have voted for Nicolas Sarkozy, but this anti-intellectual tendency is one of the reasons that I did not.”

自分は親米だし、市場経済も支持している、だけどサルコジ陣営の反知性的な傾向には我慢ならない、だから先の選挙では社会党のセゴレーヌ・ロワイヤルを支持した、とレヴィは述べる。加えて、「ラガルドさんは恣意的にトクヴィルを引用しているな、暇なとき(leisure time)にでも、きちんと『アメリカの民主政治』を読むといいよ」(俺はトクヴィルに関する本も書いているんだぜ)、とも。

Other French presidents flaunted their intellectual sides. Georges Pompidou was a teacher and author of a widely read anthology of poetry still used in French schools. François Mitterrand was a literature buff who collected rare books.

Valéry Giscard d’Estaing, now a member of the Académie Française, has written important political tomes. Even Jacques Chirac, who liked to drink beer and eat bratwurst, was acknowledged as an expert on Asian culture and art.

かつてフランスの大統領と言えば伝統的に「知性」を売りにしていた。ジョルジュ・ポンピドゥーしかり、ヴァレリー・ジスカール=デスタンしかり、フランソワ・ミッテランしかり、そしてジャック・シラクしかり──大の知日家だったシラクさんは来日時、橋本首相との会談で土偶と埴輪を明確に区別し説明したというエピソードは有名だ。
サルコジ大統領はそんな彼らとの「違い」をむしろ強調する。大衆の味方(man-of-the-people)はどちらなのか?



サルコジ・チームは、フランスに蔓延している「怠惰」(laziness)を何よりも問題にしている。週35時間労働規制も同様だ。政権は、雇用拡大と消費力アップを至上命令にしている。ラガルド経済相は、そのために、減税と企業(とくに銀行)への税制優遇措置は必須だと考えている。

“We are seeing an important cultural change,” said Eric Chaney, chief economist for Europe for Morgan Stanley. “Working families in France want to be richer. Wealth is no longer a taboo. There’s a strong sentiment in France that people think prices are too high and need more money. It’s not a question of thinking or not thinking.”

新政権のキャンペーンが功を奏したのかどうかわからないが、モルガン・スタンレーの調査によると、フランスにおいても「金儲けをすること」「リッチになること」が平然と口に出せるようになったという──目覚しい文化の変容(カルチュアル・チェンジ)といえる。
「work longer and harder, and maybe even get rich」が今やフランスの新たなトレンドのようだ。



最後に『ニューヨーク・タイムズ』は「ウォーキング」と「ジョギング」の違いについてちょっと講釈を垂れる。西洋文明は、ある意味、ウォーキングから生まれたのではないか、と。アリストテレスしかり、ハイデガーしかり、ランボーしかり……彼らはみんなウォーキングからそれぞれの思索を生み出したのではないか。リズムが変わった──それがジョギングだ。そういえば、ジミー・カータービル・クリントンといったアメリカの大統領はジョギングに励んでいたな、と。
言うまでもなく、記事の最初には、ジョギングをしているサルコジ大統領の写真が載っている。





そういえば……かつてミッテラン社会党政権で首相になったエディット・クレッソン/Édith Cressonという、アメリカ嫌い、ドイツ嫌い、イギリス嫌い、そして日本嫌いという「フランス的な」政治家がいたな。

1991年5月、ロカール首相の後を受けて首相に就任した。フランス初の女性首相であるが、「日本人はアリのように働く」「世界を征服しようとしている」と発言して日本政府からの公式抗議を受けた。アングロ・サクソン嫌いでも知られ、「イギリス男はゲイだ」とも発言、こちらはイギリスのタブロイド紙に「イギリス男に振られたのでは」と皮肉られた。


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