HODGE'S PARROT

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『ミッドナイト・エクスプレス』 Midnight Express/1978/アメリカ 監督アラン・パーカー

アラン・パーカーによるシリアスな社会派ドラマ。脚本のオリバー・ストーンによるグロテスクな誇張があるとしても(ジョルジオ・モローダーの煽るような音楽も)、この映画は実話に基づいている。
そしてこの映画が封切られて後、トルコとアメリカでは容疑者引渡しの条約が交わされ、相手国で犯罪を犯した場合、自国での裁判が受けられるようになったという。

アメリカ人青年ビル・ヘイズは、ハシシの不法所持によって、トルコのイスタンブール空港で逮捕される。懲役5年の実刑判決。収監されたトルコの刑務所では、想像を絶する暴力が渦巻き、瞬く間に人間性を剥奪される。
それでも同じ外国人の囚人と知り合い、黙々と刑に服していたヘイズだが、しかし後53日で刑期が終了しようとしていた矢先、彼の刑期は30年に延長される。それはトルコとアメリカ政府との政治的な理由に他ならない。彼は両国政府の政治的取引の犠牲(スケープゴート)にされたのだ。

絶望が彼を打ちのめし、精神に異常をきたす。生き延びるためには脱獄(ミッドナイト・エクスプレスに乗る)しかない……。

……たしかにこういった「社会派ドラマ」であり、「正義、人間性、慈悲とは何か」ということを強く訴える映画であるが、この映画がある種の「カルト」であるのは、そのゲイ・タッチなシーンによるものだろう。のっけからブラッド・デイビスは下着姿で登場し、警察の取り調べでは全裸にされ、刑務所の中では……言うまでもない。シャワー室でのキス・シーンは、かなり抑制されているとはいえ、なかなか美しく描かれている。

また、他の囚人は長髪なのに、デイビスは短髪、実際のビル・ヘイズ(DVDの特典に出演していた)とは似ても似つかぬハンサムなルックス、筋肉質の肉体と何よりセクシーな胸毛で、観者を挑発する。実際主演のブラッド・デイビスはこの『ミッドナイト・エクスプレス』とファスビンダーの『ケレル』によってゲイのアイコンとなる。

さらに深読みすれば、「異国の地(同性愛者にとっては異国ですらない此地)」で「犯罪者」とされ、孤立無援の状態におかれ、理不尽な暴虐に晒される/スケープゴートにされる「青年」の姿は、そのまま「同性愛者」の「メタファー」としても十分に通用するはずだ。空港で麻薬を持っていることが「バレないか」と心臓が高鳴るシーンは、同性愛者が自分の「素性」が「バレないか」と恐怖する心理とオーバーラップする。時代はまだ70年代だ。
裁判のシーンでもデイビスは「昨日の罪が今日は罪ではなくなる」「法律は時と場所によって違った適用を受ける」と主張する。

(このことは日本においても十分通用する。それは舞城王太郎という差別作家が、同性愛者にペドフィルの犯罪を擦り付け、焼き殺そうとするような文章を「面白がって」書いている事実があるからだ──これこそ「スケープゴート」であり、これこそヘイトクライムの助長に他ならない。しかもアメリカと決定的に違うのは──決定的に問題なのは──こういった「理不尽さ」を公に指摘する「勇気ある態度」を示す批評家なり書評家なりが全くいないことだ。「正義」の問題はこういうところに横たわっているのではないだろうか。だからこういったことがあるかぎり、プラトンパルメニデス』『ピレボス』のレビューでも書いたが、僕は「セキュリティ(安全)」の問題により重点を置かざるを得ない)

そしてブラッド・デイビスがバイセクシュアルであったことは有名であり、1991年、彼はエイズによって亡くなっている。