HODGE'S PARROT

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『第三者』(The Third Person, 1900)


これまで出合ったことのなかった二人の女性に遺産としてイギリスの地方の屋敷が贈られた。売却して折半してもよかったのだが、二人は互いを仔細に「観察」し、その結果、屋敷を売らないで一緒に共同生活をすることに決めた──ミス・スーザンとミス・エイミーはともに「オールドミス」であり、これまで長く孤独だったことを思えばである。
数か月過ぎると二人は相手の欠点を知ってしまった。二人の共同生活にマンネリが訪れた。そんなとき二人は屋敷の地下室から古い文書を発見する。だが、古くて読めない。それで地元の歴史に異様に関心を抱いている教区牧師に解読を依頼する。その夜……ミス・スーザンの下に「幽霊」が現れる。スーザン曰く、それは古風な服を着た男の幽霊で首を一方にかしげていた。だた「あの人はけっして……私たちを本当に傷つけたりするはずはないわ」と彼女は証言する。

問題の存在は、彼女たちの交際世界では第三者でしかなくて、深夜の間だけさまよい歩く、そして頭を深く──あまりに深く──一方にかしげながら超自然の地点から彼女たちを眺めていると思われる、それも疑問の余地なく推測できることだが、ただ眺めているだけだと思われる存在なのだった。



『第三者』(大津栄一郎 訳、国書刊行会ヘンリー・ジェイムズ作品集7』)p.500 *1

三者の登場によって二人は二人の「秘密」を手にいれた。「理論」も──幽霊の出現は地下室で見つけた小箱の中の古文書と関係がある、長い間隠されていたものを彼女たちが白日の下に引き出してしまったのだ、と。私たちだけの秘密──秘密のためなら、彼から見つめられることぐらい我慢できる、と。
後日、牧師から回答があった。古い文書は二人の先祖のもので、そのカスバート・フラッシュは絞首刑になっていた──密輸の罪で。当時は「そんなこと」でも重罪に問われ絞首刑に処せられていた、と牧師は説明する。絞首刑に処せられたから幽霊の頭は捻じれて傾げていたのだ、と二人の女性たちは合点する。
今度はミス・エイミーが幽霊と遭遇する。男は若くてハンサムだった。
三者=男が二人の女性の前に現れる。通常の物語ならば何かしら三角関係が描かれる。ジェイムズの作品もそうなのだが、視点が少し違う。男は幽霊であり、二人の女性は互いに相手の女性が男=幽霊に対してどんな感情を抱いているのかを推測し、探り、同時に自分がどう相手に思われているのかを、どのように振る舞ったらどんなふうに「思われる」のかを検証する。男が家の中にいるという「意識」はどういうものなのか……。

ともかく、それが男に無援の女という例の範疇から彼女たちを救い上げてくれたのであった。訪問者は──少なくとも想像力にとっては──ひとつの出口だった。彼女たちもついに、挑発を受けて、うろたえざるをえない事態に巻きこまれたわけだった。


p.512

幽霊=男は、たしかに彼女たちに対し挑発したのかもしれない──あるいは彼女たちの関係に対して。カスバート・フラッシュの幽霊は、ある時点からミス・スーザンだけに姿を現すようになった。スーザンは何かを隠している、とエイミーは思うようになった。同様に、スーザンもそのことがエイミーに見透かされているような居心地の悪さを感じるようになった。
対処しなければならない。
「私にはあなたがとてもかわいそうな気がする」「あなたも私をかわいそうに思っているのね?」「もっと早く言ってくださったらよかったのに」「私たちは結局どちらも本当はわかっていたのね」「私たちは待っていたのよ。待つしかできなかったのね」
二人の女性は、彼女たちから幽霊=男を退散させるための策をそれぞれ練る。幽霊が出現する「意味」をそれぞれ考える。対処法は対極だった。カスバート・フラッシュは密輸をし税金を盗んだという自責の念に捕らわれているので幽霊としてこの屋敷内を徘徊している、ならば、その贖罪を手助けしてやろう──と、スーザンはなけなしの全財産を大蔵省に献金した。しかしこの企ては失敗した。幽霊=男は再び現れる。
幽霊が出現する「意味」は贖罪のためではないのだとしたら……。

「彼は自分のために〈罪滅ぼしの献金〉などして欲しくはなかったのよ……まったく逆だったのよ──彼は何か大胆なことを、昔ながらのなにか無鉄砲なことをしてもらいたかったのよ。何か大きな冒険をしてもらいたかったのよ、それで私はやったわ」
「あなたも絞首刑になったかもしれなかったの?」


p.532

エイミーはパリに行って禁輸品リストに入っていたタウヒニッツ版*2の本をイギリスに密輸した──先祖の幽霊がその罪のために絞首刑になった、その同じ犯罪をやり遂げた。いや、密輸という一つの犯罪行為が問題なのではない。「大事なのはその行為の精神だったのよ」「とにかく、彼は満足しているわ」。その言葉通り、幽霊=男は二人の女性たちの前から姿を消した。



中村真一郎の『小説家ヘンリー・ジェイムズ』によればタウヒニッツ社の「英米作家双書」は著作権が別になっているので、英米では刊行不能の本も大陸欧州では平気で出版されていた。ただしそこには「英米に持ち込み禁止」と書かれてあったという。
そうであるならば、ミス・エイミーが密輸した「タウヒニッツの小説本」のタイトルが何だったのかも気になる。ジェイムズの『第三者』は1900年に出版された──それは1985年に始まるオスカー・ワイルドの裁判が起こっていた時期にあたるようだが。



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