HODGE'S PARROT

はてなダイアリーから移行しました。まだ未整理中。

”性的に虐待された子どもというのは、自分を傷つけた人間に怒りを燃やしている。ときには、自分たちを守ってくれなかった人間に対しても。” 〜 多様性の名の下に小児性愛者とその利害関係者に利用されることに対して断固として抵抗する


アメリカの作家アンドリュー・ヴァクス(Andrew Vachss, b.1942)の小説に登場する私立探偵バークとその「ファミリー」を紹介しておこう。まず、中華料理店の経営者のママ・ウォン。年齢不詳だがファミリーの母親的存在で彼女に認められた者だけに特製の酸辣湯を飲む権利が与えられる。料理店の地下は秘密の会合場所にもなっている。
モンゴル系の「音なし」マックス。耳が聴こえず話すこともできないという障碍をもっているが、ファミリーで最も「力強い」ボディーを有し、その肉体で味方を守り、その肉体で敵に立ち向かう戦士である。
イマキュラータ──ベトナム人とフランス人のハーフでサイコセラピスト、カトリック、後にマックスと結婚する。
「予言者」=「教授」のプロフ。黒人のインテリでバークの刑務所仲間であった。刑務所で──すなわち「この世」でもある──生きる術をバークに諭す。
ミシェル。セックスワーカーで「性転換の女性」(transsexual woman)──現在ならばトランスジェンダーと呼んだほうが相応しいかもしれない。ミシェルはデンマークでの「完璧な」性転換を望んでいる。
ゲイの男娼テリイ──『赤毛のストレーガ』で登場し、後にミシェルの養子になる。最年少のファミリー。
地下で犬たちと暮らしているユダヤ人のモグラナチスを徹底して憎んでいる。「ナチ狩り」で様々な知識を身につけ、科学技術に精通し、特殊な武器や装置をファミリーに提供する。また、テリイを教育する立場でもある。
そして私立探偵のバーク及び彼の「相棒」であるナポリタン・マスチフのパンジイ──巨体を持つ雌の闘犬である*1。付け加えておくならば、バークは性行為自体は可能であるが生殖機能は失っている。

ファミリーはアメリカ社会における様々なマイノリティから成り立っている。彼らは、ほとんどが後ろ暗い仕事に手を染めている。アウトローたちである。だが、それでも、彼らにとって絶対に赦せない悪がある──それが小児性愛者(ペドフィリア)による犯罪である。彼らは、その悪の存在を赦せないがために、ファミリーになったといってもよい。そこには、それぞれの出自、アイデンティティを超えた連帯がある。
ファミリーだけではない。労働者階級を代表する警察官マゴーワン、女性地方検事補エヴァ・ウルフ、極左組織に資金提供をしているプエルトリコ人の医者パブロ・シントローネ*2……。彼女・彼らも何らかの形でバーク・ファミリーを支援し、協力する──そこには、階級、人種、民族、性別、障碍の有無……を超えた連帯が生み出される。
バークたちは様々な人たちを巻き込んでいく。様々な人たちがバークたちに触発されていく。人びとの潜勢力が現実化してくる。街のギャングたちでさえ、バークたちが追っているのが「子供の敵」あることを知ると、ファミリーに手助けをする──それは警察や検事らの超法規的な支援と比べれば些細なことかもしれないが、しかしそれは「彼らにできる」精一杯の支援であり「彼らにもできる」良心に基づいた行為である。そういった様々な人々の様々な形の連帯によって、統一を欠いた複数の同時多発的な戦術によって(にもかかわらずプロジェクトは統一され)、「子供の敵」は包囲されていく。

バーク・シリーズ第2作『赤毛のストレーガ』(1987年刊)はその典型的な作品である。初期作なので登場人物の紹介も丁寧になされており、本書からイマキュラータとテリイも登場する──とりわけ被害児童の身になってセラピーを行うイマキュラータの存在は重要である。イマキュラータと彼女が所属する性的虐待の被害児童を治療する施設「SAFE」(セイフティ・アンド・フィットネス・イスクチェンジ)の所長リリイは、バークたちに──すなわち読者に対して児童の性的虐待の実態について丁寧に説明をしてくれる。被害にあった未成年者のために──”ペドフィリアはなおらないのかもしれない。わたしにはわからないわ。わたしはただ犠牲者のために尽くすだけよ。”

テーブルの上には人形が四つ載っていた。うち二つには、ふつうの子どもの人形よりは大きくあとの二つはずっと小さかった。着せてある服と髪型から、二つは男で二つは女ということがわかった。
イマキュラータは人形をテーブルの一方に寄せて、子どもに何かいった。そして静かに我慢強く相手を見守った。子どもは小さな人形を一つ手に取ると、のろのろと気が進まない様子で服を脱がせはじめた。が、途中で手を止めた。それから大きい方の男の人形を引き寄せると、その人形に、さっきの小さな女の人形の頭をなでるようなしぐさをさせた。そのまま見ていると、女の子の人形は男の人形の手を避けるように身をひいたが、それほど遠くには逃げなかった。そのうち、男の人形は女の子の人形が服を脱ぐのを手伝いはじめた。男の人形は自分のズボンも脱ぎはじめた。その下は無地の白いボクサー・ショーツだった。子どもはショーツも脱がせ、二個の睾丸とペニスをむきだしにさせた。そして、女の子の人形を男の人形のほうに押し倒した。

子どもは泣いていた。イマキュラータは動こうとしなかった──が、子どもは何か話かけていた。窓の外では何をいっているのか聞こえない。イマキュラータは子どものほうに手を差し出した。子どもはその手を取った。イマキュラータは、子どもを自分のほうへ優しく引き寄せた。そして、膝の上に乗せると、子どもの背中に腕をまわした。その間もずっと話かけていたが、やがて子どもはわかったというようにこっくりうなずいた。
イマキュラータは手を伸ばしてさっきの男の人形を引き寄せると、子どもの目の前に置いた。子どもは人形をつかむと、泣き叫びながら人形を激しく揺すぶりはじめた。顔が怒りでゆがんでいる。子どもは人形を引き裂いた。突然、人形の腕がもげ、その腕だけが子どもの手の中に残った。子どもは自分がつかんでいる腕をじっと見ていたが、それをイマキュラータに突き返した。彼女はうんうんというようにうなずいた。子どもはもう一方の腕も引きちぎった。それから腕のなくなった人形に向かって話しはじめた。何かお説教でもするみたいに、しきりに指を振りたてている。その後また、わっと泣き出した。
(……)
「今、おれが見たのは何なんだい?」おれは尋ねた。
「わたしたちは”確認”っていってるけど」
「確認?」
「あの子は淋病なんだけど──伝染性の性病ね。どこでかかったのかを調べるのがわたしの仕事なの」

「で、結局、どういうことなんだい──あの人形の腕は?」
「見てのとおりよ。怒りね。性的に虐待された子どもっていうのは、自分を傷つけた人間に怒りを燃やしていることが多いの。ときには、自分たちを守ってくれなかった人間に対してもね。治療の一環として、子どもたちに”ノー”っていってもいいんだ──怒ってもいいんだって教えてやることがあるの。人形の手や脚はヴェルクロでくっつければいいんだから。子どもたちはばらばらにしてしまうかもしれないけど──ほとぼりがさめれば、だいたい、後でくっつけるものよ」


アンドリュー・ヴァクス『赤毛のストレーガ』(佐々田雅子 訳、早川書房) p.64-67

「虐待された子どもたちと会って話をするとき……その子たちがどんな目にあったかをきくんだけど……前に人形を使ってやってたのを、あなたも見たでしょう?」
おれは黙ってうなずき、話の続きに耳を傾けた。
「そう、子どもたちがほんとうのことをきちんと話せる年齢になっている場合には、その話をみんなテープにとっておかなくちゃならないの。メモは駄目なの……メモをとっていると、子どもたちの気が散るから……何を書いてるんだろうって知りたがるのよ。それにわたしたちも、裁判になったらテープを出さないとならないし、それはわかるでしょう?」
「ああ」おれはいった。
「とにかく、こういう子どもたちを相手に、わたしたちがやろうとしているのは、”自己回復”ってことなのよ。つまり、性的に虐待された子どもたちって、自分の人生にまったく自信がないのね……いつも怯えているの──どうしても安心できないのね。そういう子どもたちにとってのゴールは、自分を虐待した相手と対決できるようになるってこと。それができるようになれば、安心感も得られるし。わかるでしょ?」
「うん、わかる」
「つまり、自分がコントロールしているって感じを持たないといけないのよ。自分がその場でいちばん上にいるって思えるようにならなきゃいけないの──たとえセラピストと治療しているときでも」
(……)
それからニ、三分ほどたってイマキュラータが戻ってきた。両腕にいっぱい紙を抱えている。「これを見て」といいながら、マックスの隣に腰を下ろした。
それは子どもたちが描いた絵だった。でくのぼうみたいな形、毒々しいクレヨンの色──おれにはさっぱり意味がわからなかった。
「これがどうしたのかい?」おれはきいてみた。
「もう一度見てよ、バーク。もっとよく見て」
おれは煙草に火をつけ、もう一度見なおした。「この絵の子どもに腕がないのはなぜなんだい?」と、おれは尋ねた。
「それなのよ。今度は気がついてくれたわね。そう、子どもたちには腕がないの。それから、ほら、大きな人間の隣にいる子どもたちはすごく小さいでしょ? これを見て……」
それは小さな女の子が自分の顔に向かって突き出した巨大なペニスを見ている絵だった。その子には腕がなかった──口は直線で描かれている。
「この子は逃げ場がないんだな」おれはいった。
「そうなの。この子には力がないの。この子は小さくて、相手の大人はものすごく大きい。ペニスが子どもの世界を占領しちゃっているの。でも、この子にはペニスを振り払う腕もないし、逃げる脚もないの。鳥籠に捕らわれてるのよ」
「どうやって外に出してやるんだ?」その答えをききたかった。
イマキュラータは大きく溜息をついた。「どうしても抜け出せない子もいるの。だから、そうなる前に自分がまわりをコントロールしているっていう感覚を取り戻してやらないと。もし、手をうつのが遅れると、子どもたちは麻薬でそういう感覚を得ようとしたり、自殺しようとしたりするの。あるいは、流されてしまうか」
「流されてしまう?」
「感情にね。ただ無力になるというのとはちがうわね。子どもたちにも性的な感情っていうのがあるのよ。あまり早くからそういう感情に目ざめると、コントロールがきかなくなってしまうの。そうなると、自分からセックスを求めるようになる……本人たちはそれを愛だと思ってるけど」
「どうしようもないな」
イマキュラータは何もいわなかった。マックスが手を伸ばして、おれが煙草の火をつけるのに使うマッチを二本とった。そして、その一本をもう一本の三分の一くらいの長さになるように折り、元の長さのままのもう一本の横に置いた。それから、今度は長いほうのマッチを折って、最初に折ったのよりも短くした。そうして、イマキュラータの顔をのぞき込んだ。
「そんなことをしても効果ないわ。子どもたちにとって、相手の大人というのはいつも圧倒的な力を持つ存在なの。そういう大人を小さくしようっていうのは無理ね──あくまで子どものほうを大きくしてやらないと」
おれは大人を表わすのに使った折れたマッチを手にとった。一方でべつの新しいマッチをすって火をつけ、それを折れたマッチに近づけた。折れたマッチは炎を上げた。
「それも駄目よ、バーク。過ちを犯した人間を地上から消してしまうことはできても、子どもの心の中から消すことはできないわ」
おれは何もいわなかった。イマキュラータは穏やかな顔をしていた。目だけは注意深く光らせていたが、その目が何を語りかけているというわけでもなかった。
(……)
「今の話とテープレコーダーとはどういう関係があるんだ、マック?」と、おれはきいてみた。
「わたしのオフィスでは、子どもたちがただ安全だというだけでは駄目なの。自分で安全だと感じることができないと、自分の人生は自分でコントロールできるんだと学ぶ必要があるのよ。”ノー”という権利があるんだって学ぶ必要があるの。わかる?」
「わかるよ」


p.184-185、188-191

壁には長い窓がついていて、中の三人の様子を見ることができた。マックスの膝の上にのったスコッティにイマキュラータが話しかけている。
「マジックミラーになっているのかな?」リリイにきいてみた。
「ええ」とリリイはいった。「大学院生にいつも観察させてるの」
「面接はヴィデオに撮っているのかい?」
「ここには隠しカメラの設備はないわ。それに、ここの子どもたちはほとんどヴィデオ恐怖症なの。わかるでしょ?」
「ああ」と、おれはいった。ポルノ映画のスターとして使われた子どもたちは、カメラを見るとおかしくなってしまう恐れがあるのだろう。
(……)
おれたちは窓のほうに向きなおった。スコッティが腰に手をあて、イマキュラータに向かって何か叫んでいる。そのうち、つかつかと進み出ると、イマキュラータの肩を小さな拳で叩きはじめた。マックスはじっとしたままだ。
「心配ないわ」リリイがいった。「たぶん、どんなことだったのか再現してみせてるんでしょう」
おれはリリイによくわからないという顔をしてみせた。「子どもが自分の体験を再現するっていうのは……子どもによっては、話すよりやってみせたほうが楽だと思うからね。あるいは、もうそれを話してしまったからやってみせているのか……つまり、秘密を話してしまったってことだけど……うちの子どもたちの中にも、本当のことが表に出ると感情を爆発させる子がいるのよ……それだけ怒りを秘めていたってわけね」
「だからって、なぜイマキュラータを叩くんだ?」
「そういうふうに仕向けているからよ。わたしたちはまずそうさせるの。その後で自己防衛を学ぶクラスに進むのよ。とにかく、すべてを吐き出させてしまわないと──まず秘密、次に怒りをね」
「秘密っていうのは、その子どもの身に起こったこと──おとなが子どもにしたことかい?」
「いいえ。それは”いやなこと”とか”こわいこと”っていっているわね。秘密っていうのは、ひどい目にあわせたおとなたちが、これは絶対に他人にいうなって口止めしていることをいうの。ふつう、そういう大人たちは、もし誰かにしゃべったら、恐ろしいことになるぞって子どもに思わせてるから」
「その子ども自身に恐ろしいことが起こるっていうのか?」
「ふつうはそうじゃないわね。両親とか、飼っている子犬とか……その子が好きなテレビの登場人物って場合もあるわ」
「子どもってのはそんなことを本気にするのかい?」と、おれはきいた。おれがスコッティくらいのときには何も信じていなかったと思うが。」
「もちろんよ。自分をひどい目にあわせた相手っていうのは、圧倒的な力を持ってるんですもの。何だってできるのよ。それに罪の意識がよけい秘密にしておこうって気持ちを強めるのね」
「自分は何かをされたってだけなのに、なんで罪の意識を感じるんだ?」
「それは、されたこと全部がいやじゃないからよ……それまでなかった新しい感情を呼びさまされるのね。子どもたちによっては、この人はほんとうに自分を愛してるからこんなことをするんだって信じてしまう場合もあるわ。それに、親からはこういわれるかもしれないし。秘密がばれたら、わたしたちは刑務所行きだって…そうなれば、その責任は自分にあるわけだし。わかる?」


p.381、384-385

だが、それはどうでもいい──やつは今やっていることをやめるつもりはないっていっていた。永久にだ。それが自分の望みなんだそうだ。自分は子どもを愛しているっていってた」
「きみにはそれが理解できない?」
「あんたにはわかるのかい?」
「うん……といっても、わたしが理解できるのはそういう衝動じゃなくて、その理屈づけのほうだがね。医者という職業に就いていると、人間の体の仕組みについてはよくわかってくるが、精神の探究というのは本来、政治的なものだからね」
おれはその意味がわからず、眉を吊り上げた──パブロは”駐車禁止”の標識も政治的なものだと考えている。
「そうなんだよ、兄弟。われわれは体の病気をヒルで治療するなんてことはもうやってないが、精神の障害に対しては、いまだに真空状態の中で治療しているみたいなもんだ。これはあまり論理的な説明じゃないが、世間はそれでほっとするところがあるんだ。もし、われわれが精神的な病気も生化学的なものだといったら、世間は正しい薬物療法がすべての疑問に対する答えになると信じてしまうじゃないか」
「メタドンみたいにか?」
「そうだ、わかってるじゃないか。いうまでもなくヘロイン中毒というのはいろいろなものの産物だ……だが、ヘロインがこの国にはじめて紹介されたのは政府によってなんだよ。第一次世界大戦後、帰還兵の多くがモルヒネづけになっていたが、ヘロインというのはそんな連中にもよく効く驚異の薬だったんだ」
「それがギャングどもの抗争をひき起こして地獄になっていったわけだ」
「きみもヘロインの猛威をおぼえているだろ。われわれの社会に蔓延して、若者を生ける屍にしてしまった。それも、ギャングどもが一種の政治意識を働かせはじめたからなんだ」
「政治意識ね」と、おれはいった。
(……)
「人種差別っていうのは麻薬みたいなもんだよ、バーク──本来、必要なものをわからなくしている──みんな、馬鹿だってわかっていながら、とりあえずそれにすがるんだ」
おれは交通整理のおまわりみたいに手をあげて制した。
「ちょっと待った、兄弟。あんたの話はどんどん先に進むんで、ついていけないよ。そんな話と子どもの強姦とどういう関係があるんだ?」
「同じことだよ。政治というのは、大衆の面前に示される現実をコントロールしてるんだ。いいかい、フロイトによれば、子どもと大人のセックスは幻想でしかない──子どもの頭の中にある何かなんだ──両親に対して抱く性的な感情と同じように想像の産物なんだ。そういう感情が実際に存在してるってことは知ってのとおりだ──たとえば、オイディプス・コンプレックスみたいにね。ただ、子どもがみんな、そういう感情を抱いているってことで、近親相姦の事例までが幻想として否定されるわけじゃない。そういうことがあるのだと確認するまでは長い時間がかかったがね。政治的に見れば、近親相姦なんて幻想だと思われてるほうが都合がいいわけだから。医者も被害者になった子どもに治療を施したが、その”治療”はいんちきだった──子どもたちに嘘を信じ込ませ、自分はおかしいのではないかと思わせてしまった」
「それが子どもたちを……」
「狂わせてしまう。そうなんだ、結果的にそうなってしまった。狂気を演じていた子どもたちは、もともと狂っていたという事実の証拠として、それをあげられてしまうんだ。わかるかね?」
「だが、なぜだ? 自分の子どもをファックしたやつを擁護しようなんて連中がいるのか?」
パブロは溜息をついた。おれの政治的無知には、いつもうんざりさせられるのだ。「こんなふうに考えてみるんだね。一人の奴隷が南部から逃れて、なんとかニューヨークにたどりついたとする。そして、われわれが彼に精神療法を施したとする──これまでの奴隷としての体験はすべて悪夢でしかなかった、と思い込ませるのだ──その政治的な意味あいがわからないかね? われわれは奴隷主と対決しなくてすむというわけだよ。つまり、彼らとの交易や商売を続けることができるし、経済的な利益を維持することができるってわけだ。そうだろ?」
「だが、奴隷には……」おれはそういいながら、パブロが間違ってるといえるような理屈はないかと考えてみた。「夢じゃすまないような傷が体に残ってるだろうし……」
「近親相姦の犠牲者には傷が残ってないと思うのかい?」パブロはいった。
おれは煙草に火をつけ、フラッドのことを、彼女が強姦された相手に押された烙印を消そうとして、自分でつけた傷のことを思い出した──ギャングに入れられた入れ墨の上にガソリンを注いでマッチで火をつけ、この世でたった一人しかいない友だちにしがみついて、その火が二人を自由にしてくれるまでじっと耐えていたときのことを。「そんなふうに子どもをだまして何の得があるっていうんだ?」と、おれはきいた。
「子どもには選挙権がないからね」と、パブロは答えた。
(……)
パブロは頭をだんだんもたげていって、天井を見上げた。「われわれに実際にわかっていることを話そうか──そんなに時間もかからないだろうから。子どもたち──よその子どもや自分の子ども──とセックスしている大人をわれわれも知っている。そして、それが力と関係しているらしいってこともわかっている──大人が子どもに対して持っている力とね。」


p.404-408

「あんた、ほんとに彼らを憎んでいるのね、違う?」
「誰を?」
「子供の敵」
「憎まないやつがいるか?」と答え、その言葉を無視した。



アンドリュー・ヴァクス『クリスタル』(菊地よしみ 訳) p.293-294


赤毛のストレーガ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-2))

赤毛のストレーガ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-2))

クリスタル (ハヤカワ・ミステリ文庫)

クリスタル (ハヤカワ・ミステリ文庫)

アメリカの新興学問」=クィアの横暴と欺瞞とセクシュアルハラスメントと薄汚い包摂のやり方に断固として抵抗するために

*1:【超大型犬】ナポリタン・マスティフ【怖すぎる】 http://matome.naver.jp/odai/2135294755000923601

*2:彼は自分自身のことを次のように説明する。「プエルトリコ人が特殊な種族だってことは知ってるな? われわれが”スペイン人”じゃないってことは? アメリカ人の中にはそう思っているやつがいるし、われわれの中にもそうだったらいいと思っているやつがいるが。プエルトリコ人というのはアフリカ人であり、インド人であり、スペイン人なのだ……われわれのルーツは多くの大陸にわたっている。そして、血が混ざりあって、われわれの叡智が生まれた。われわれはそれを”民族の叡智”と呼んでいるがね。それはきみたちの想像以上に深いものなのだ」(『赤毛のストレーガ』p415-416