HODGE'S PARROT

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ヨシフ・イワノフのバルトーク&ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲


VIOLIN CONCERTOS

VIOLIN CONCERTOS


ストラディヴァリウス"Piatti"(1717)を美しく鳴らし、最高に魅力的なセザール・フランクのヴァイオリン・ソナタを聴かせてくれたベルギーのヴァイオリニスト、ヨシフ・イワノフ(Yossif Ivanov、b.1986 - )。あれから2年、イワノフの風貌はワイルドになった──そして数あるヴァイオリン協奏曲のなかでも、とりわけワイルドな曲調をもつベラ・バルトークドミトリ・ショスタコーヴィチの二つの作品をカップリングにしたディスクをリリースした。共演は、ピンカス・スタンバーグ指揮&ロイヤル・フランダースフィルハーモニー管弦楽団


ジャケットのカヴァーに目をやると、ヴァイオリンが小さく見えるほど、イワノフの手は大きい。指は太い。そして演奏技術とあまり関係ないかもしれないが彼の手は毛深い──つまりワイルドな手をしている。そんなワイルドな男の手によって紡ぎだされるヴァイオリンの音色は、徹底的に研ぎ澄まされ、美しく、艶やかで、甘美である。バルトークショスタコーヴィチという20世紀のモダンで前衛的な音楽*1に対しても、ヨシフ・イヴァノフのスタンスは変わらない。美音をしなやかに響かせる。
例えばバルトーク。ハープの印象的な音に導かれてヴァイオリンがワイルドな歌を歌う。そのワイルドなメロディーもイワノフにかかると、どことなく優美な感じがする。バルトーク特有の奇怪なオーケストラの響きの中でも(ハープがところどころで妖しく鳴り響く──本来、ハープこそ優美なパートを受け持っているはずなのだが)、ヴァイオリンの透明感のある音色がくっきりと浮かび上がってくる。奇怪なオーケストラの響きと優美なヴァイオリンの音色。まるで「美女と野獣」だ──そんな常套句を使いたくなる。もちろんイワノフは作曲者が仕掛けた至難な技巧もクールにこなす。いい演奏だ。
ショスタコーヴィチにしても、第一楽章の「夜想曲」は当然として、第二楽章の挑発的な「スケルツォ」においてもヴァイオリンの音色は冴えわたっている──作曲者のイニシャルをモチーフにした”D-Es-C-H”の音も印象的に響かせる。第三楽章の「パッサカリア」は、甘く、切ない。前楽章の断片も残照のように現れる。そして怒涛のフィナーレ「ブルレスケ」に突入し、華麗だがどこかシニカルに──つまりショスタコーヴィチらしく──ヴァイオリンもオーケストラも暴れる。痛快無比だ。
これまで、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲は実はあまりピンとこなかったのだが、なるほど「このような」美しさを湛えた音楽だったのか……多分。

*1:ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番は1948年に完成されたが、同年、共産党中央委員会のアンドレイ・ジダーノフによるいわゆる「ジダーノフ批判」が開始されたため作曲者は発表を1955年まで控えたといわれている。